のは炯眼《けいがん》だった。屍体の纏《まと》っていた衣服の左ポケットに、おかしな小布《こぬの》が入っていた。それは丁度《ちょうど》シャツの襟下《えりした》に縫いつけてある製造者の商標《しょうひょう》に似て、大きさは三センチ四方の青い小布で、中央に白い十字架を浮かし、その十字架の上に重ねて赤い糸で、横向きの髑髏《どくろ》の縫いがあった。
 この髑髏の小布《こぬの》はなにを示すものなのだろう。
 お守りなのであろうか、と考えた。あまりに平凡である。
 不図《ふと》思いついたことは、これはある不良少女団の団員章《だんいんしょう》ではないか、と。殺された一宮かおるは、××女学校の校長の愛娘《まなむすめ》だったのであるが、教育家の家庭から不良児の出るのは、珍らしいことではない。かおるは不良少女であったが、仲間の掟《おきて》を破ったために殺された、と見てはどうであろう。
 大江山警部は給仕を呼んで、不良少女|調簿《しらべぼ》をもってこさせると丹念にブラック・リストの隅から隅まで探しまわったが、かおるの名前も、その怪しげな徽章《きしょう》も見つからなかった。そうすると、未検挙の不良団なのであろうか。
 このように考えてくると、銃丸《たま》は車内でぶっぱなされたと考えるのが、本道《ほんどう》である。だが車内でズドンという音を聞いたものがないではないか。それなら消音《しょうおん》ピストルを用いたものと考えてはどうか。
 だが乗客の多くは逃げてしまった。商人と称する林三平と、小説家の戸浪三四郎とを疑うのは最後のことである。車掌の倉内は、たった一人で車掌室《しゃしょうしつ》に居ただけに、すこし弁明がはっきりしない。答弁にすこしインチキ臭いところが無いでもない。彼はピストルの音をきかなかったという。騒音《そうおん》に慣れた彼が、ピストルの音をきかなかったというのであるからそれは本当であろう。
 ところが刑事が出かけて、現場附近の住民に聞き正したところによると、当日夜の十時と十一時との間に爆音をきいたという人間が三人ばかり現れた。そのうちの一人は、現場《げんじょう》に割合い近い踏切の番人だったが、丘陵にひびくほど相当大きい音だったという。但し発砲の音というよりも、自動車がパンクしたような音に近かったという。これは帝都全市のタクシーや自家用自動車につき調査中であるから、二三日のうちに判明するであろう。
 もしそれが発砲の音だったら、車掌の耳はどうかしていたことになりはしまいか。電車の騒音は、車内よりもむしろ車外の方が大きいのだから。専務車掌室の扉《ドア》を細目にひらいて、消音ピストルを打ったと考えてはどうであるか。それでは銃丸《たま》は、かおるの左胸《さきょう》を側面《そくめん》から射つことになる。然《しか》るに彼女の弾丸による創管《そうかん》は、ほんの少し左へ傾いているが、ほとんど正面から真直《まっすぐ》に入っている。これは違う。それでは、電車の進行中、彼は窓から屋根によじ昇り、屋上の欄干《らんかん》に足を入れて真逆《まっさかさま》にぶら下ると丁度《ちょうど》、顔が窓の上枠《うわわく》のところにとどくから、そのまま蝙蝠式《こうもりしき》にぶら下って消音ピストルをうち放つ。それがすむと、何喰《なにくわ》ぬ顔をして車掌室にかえり、室内の騒ぎを始めて知ったような風を装《よそお》って馳けつける。うん、こいつは出来ないことじゃない。車掌倉内銀次郎の身辺《しんぺん》をすこし洗ってみよう。
「コツ、コツ!」と扉《ドア》を叩く者がある。
「よろしい」大江山警部は、扉の方を向いた。扉がスウと開いた。入って来たのは、給仕だった。
「速達でございます」そう云って給仕は、課長の机上《きじょう》に、茶色の大きい包紙のかかっている四角い包を置いて、出て行った。
 警部は、注意して包をひらいてみた。中には、「ラジオの日本」という雑誌の昭和五年十二月号が一冊入っているきりだった。それを取上げてペラペラと頁《ページ》をめくってみると、半頃《なかごろ》に頁《ページ》を折ってあるところがあった。そこを開けると、白い小布《こぬの》が栞《しおり》のように挿《はさ》まっていて、矢印が書いてある。矢印の示すところには赤鉛筆で、傍線《ぼうせん》のついている記事があった。表題は、「無線と雑音の研究」とあり、「大磯《おおいそ》HS生《せい》」という人が書いているのだった。大江山警部にとって、無線の記事は一向ありがたくなかった。彼は雑誌を抛《ほう》りだそうと思ったが、「雑音」という文字が、電車の騒音と関係がありはしまいかと思って、兎《と》に角《かく》、ぽつりぽつりと読みはじめた。直ぐに彼は、見当ちがいだったことに気がついたけれども、その記事は、思ったよりも平易《へいい》である上に、その内容は大江山警部の注
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