う立場から僕は申すので、或いは実際と大いに違っているかも知れません。僕は殺された美少女、――一宮《いちみや》かおるさんと云いましたかネ、かおるさんの直ぐ向いに居たのですが、確かにピストルの爆音を耳にしませんでした。ですが、ちょっと耳に残る鈍《にぶ》い音をきいたんです。さよですなア、空気をシュッと切るような音です。きわめて鈍い、そして微《かす》かな音でした。これはどうやら右の耳できいたのです。右の耳というと、電車の進行方面の側の耳です。その行手には、倉内君の居られた車掌室があります。またその右の耳のある隣りには二尺ほど離れて、日本髪の婦人が腰をかけて居りました。そんなことから思い合わせると、弾丸《たま》は僕の身体より右側の方からとんで来たと思われます。林さんは僕よりずっと左手に居られたので関係はないようです。車内で射ったとすれば、私も嫌疑者《けんぎしゃ》の一人でしょうが、僕より右手にいた連中も同時にうたがってみるべきでしょう。日本髪の婦人は勿論のこと、失礼ながら倉内車掌君も同類項《どうるいこう》です」
「すると貴方は、車内説の方ですか」と大江山警部が尋ねた。
「いえ、寧《むし》ろ僕は車外説をとります。弾丸《たま》は車外から射ちこまれ、例の日本髪の婦人と僕との間をすりぬけて、正面に居た一宮かおるさんの胸板《むないた》を貫《つらぬ》いたのです。シュッという音は、銃丸《じゅうがん》が僕の右の耳を掠《かす》めるときに聞こえたんだと思います」
「もう外に聞かしていただくことはありませんか」
「現場に居た人間としては、もう別にありません。老婆心《ろうばしん》に申上げたいことは、あの現場附近を広く探すことですな。もしあの場合|銃丸《たま》が乗客にあたらなかったとしたら、銃丸は窓外へ飛び出すだろうと思うんです。いや、そんな銃丸が既に沢山落ちているかもしれません。そんなものから犯人の手懸りが出ないかしらと思います。屍体《したい》もよく検《しら》べたいのですが、何か異変がありませんでしたか」
「いや、ありがとう御座いました」と警部は戸浪三四郎の質問には答えないで、彼の労を犒《ねぎら》った。


     4


 大江山捜査課長は、警視庁の一室で唯《ただ》ひとり、「省線電車射撃事件」について、想念を纏《まと》めようと努力していた。
 戸浪三四郎が「一宮かおるの屍体に異常はないか」と聞いた
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