ようにそっと見た。
(おお……)老人の顔に、狼狽《ろうばい》と喜びの色とが同時に走った。
(ああ神よ)老人は口の中で唱《とな》えると、再びがっくりとなって椅子にうなだれ、目を閉じた。老人は、そばにいる少年が、春木清ではないのを知って、いままでのはげしい悩《なや》みから急に解放されたのであった。
そのとき頭目の、怒りにみちた声がひびいた。
「なんという手際のわるいことだ。調査不充分だぞ。責任者は処罰《しょばつ》される」
左右をふりかえって、頭目は部下を叱《しか》りつけた。
「この剛情者二人は、当分あそこへ放りこんでおけ」
そういい捨てて、頭目はうしろの垂《た》れ幕をわけて、その奥に姿を消した。異様な背高のっぽの覆面《ふくめん》巨人だ。牛丸少年は、感心して、頭目のうしろ姿を見送った。
(あの覆面の下に、どんな顔があるのか。早く見てやりたいものだ)
彼はこわさを忘れて、好奇心をゆりうごかした。
万国骨董商《ばんこくこっとうしょう》
ここで話は、春木少年から姉川五郎《あねがわごろう》の手へ渡った半月形の黄金メダルの上に移る。
今、姉川五郎のことをくわしくのべるにあたるまい。なぜなれば、彼はひどく酔払っていて、どうにもならない。彼の服装は、ぼろぼろ服と別れて、りゅうとした若い海員姿に変っている。よほどたんまり金がはいったと見える。
彼がお稲荷《いなり》さんの境内《けいだい》の木の根元から掘りだした半かけの金属片《きんぞくへん》は、たしかに黄金製であったのだ。彼はそれを、海岸通《かいがんどお》りからちょっと小路にはった[#「はった」はママ]ところにある万国骨董商チャンフー号に売ったのである。主人のチャン老人は、孔子《こうし》のように長い口ひげあごひげをはやして、トマトのように色つやのよい老人であった。老人は、姉川が持ってきたメダルを二万円で買うといった。姉川はそれを聞くと十万円でないといやだといったが、結局三万五千円でチャン老人は買い取った。
大金をつかんで、宇頂天《うちょうてん》になって店をでようとする姉川に、うしろから老商チャンは声をかけた。
「こんなにかけないで、丸々満足なのがあったら四割がたええ値で買いまっせ」
姉川は、ふふんと笑ったまま、店をでていった。
「ふふふふ。まるでただのようなもんや。つぶしても十二万円には売れる。しかし惜しいも
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