をひらこうとしたとき、そばを立花カツミ先生が通りかかったためである。この女の先生はスミレ学園につとめているが、方々の学校へもよく来る。そして体操の話をしたり、あたらしい体操や運動競技を教えていくのだ。
「やあ、立花さん」と、金谷先生が声をかけた。
「おや、金谷先生。こんなところにいらしたんですか」
 と、立花先生は、そばへ寄ってきた。春木は、おじぎをして、二人の先生の前を離れた。そういうわけで、彼は黄金メダルまでの話をいいそびれてしまったのだ。
 このとき春木には聞えなかったけれど、神さまは口のあたりに軽い笑いをおうかべになり、悪魔はちょッと舌打ちをしたのであった。なぜだろう。


   絹《きぬ》のハンカチの文句《もんく》


 その夜にも二回、その次の日の朝にも三回、春木少年はお稲荷さんの祠を偵察《ていさつ》した。
 だが、彼が見たいと思った浮浪者の姿を見ることはできなかった。その浮浪者は、その夜はとうとうこの祠の中の寝床へはかえってこなかったのである。
(なぜ、帰ってこないのだろうか。ひょっとしたら、あの黄金メダルを売りにいって、お金がはいったから、帰ってこなかったのではあるまいか)
 春木少年の推理はするどく、かの姉川五郎の気持をある程度まで、ぴったりあてた。
 困《こま》った。売ったのなら、その売った先をいそいで探さないと手おくれになる。といって、それを聞くには浮浪者が帰ってこないと、聞くわけにいかない。彼はまたもや昨日の失敗がくやまれてくるのだった。
(ぐずぐずしていると、ますます工合《ぐあい》が悪くなる!)
 少年にも、そのことがはっきり分った。
「そうだ。ぼくは、なんというバカ者だったろう。盗まれるなら、あの黄金メダルに彫《ほ》りつけてあった暗号文みたいなものを、べつの紙にうつしとっておけばよかったんだ」
 ああ、そう気がつくのが、おそかった。
 黄金メダルは、もう春木少年の手にはないのだ。まったく注意が足りなかった。人に見せまい、大切に大切にしようと思って、黄金メダルの暗号文もよく見ないで、しまっておいたのだ。
「ハンカチがある。あれにも字が書いてあった。そうだ、あのハンカチも、いつ盗まれるか知れない。今のうちに、文句をうつしておこう」春木は、やっと今になって、本道へもどった。しかし彼は、本道へもどるまでに、二度も大失敗をくりかえしている。
 少年
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