、相変らずじっと前方を見つめていた。
「だって、貴下のお身体は死人のように冷たいんですもの。わたしの身体はまるで氷の上に載っているように冷えてきましたわ。おお気味が悪い。貴下は本当に生きてらっしゃるのでしょうね」
「フフフフ」と博士が笑った。「生きているようでもあり、また死んでいるようでもありますよ」
「えッ、も一度おっしゃって!」
と、夫人が博士の胸にすがりついたその時だった。入口の扉《ドア》が荒々しくあいて、サロンへドタドタと飛びこんできた者があった。一人はミルキ閣下、一人は針金毛の女大臣アサリ女史だった。
ミルキ夫人は、それと見るより早く、博士の膝から跳ね下りた。ミルキ閣下は、髭の中から大きな両眼をむきだし、鉄丸のような拳を振り上げながら、
「どうも結構な場面を拝見するものだ。法令では大統領夫人と庶民との恋愛的交渉を禁止してあるので、こんな場面なんか永遠に見られないかと思っていたのだ。お前は知ってやったか知らないでやったか分らぬがこのひどい冒涜の場面は先程からテレビジョンで全国へ放送されていたんだぞ。余が識ったばかりではなく、国民全体が識っているわ。そうなれば後はどうなるか、
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