を張り肘をつっ張って、しいて虚勢を張りながら、第九室に通う戸口の前に立った。
 バラは、なんとしたことか、案内すると言って置きながら、扉《ドア》を開くのを妙に躊躇していた。女大臣アサリは早くもそれを見て取って、彼女らしいヒステリーを起した。
「さあ、早く扉《ドア》を開きなさい。ぐずぐずしていると、ためになりませんぞ」
 と、アサリ女史はバラを睨みつけた。
 それでもバラは、もじもじと尻込みをしながら、はんかち[#「はんかち」に傍点]などを出して、しきりに額の汗を拭うのであった。ペンはそれを見ていると恐ろしくなってきて、戸口から遠くへ身を引いた。
 女大臣の顔は、だんだんと赭らんできた。憤怒の血が湧き上ってきたのだった。
「開けないのだネ。開けなきゃ、わたしが開けて入る。しかしお前さんは後で刑罰を覚悟しているんだよ」
 女史が扉《ドア》を押そうとしたとき、バラはあわてて前へ飛びだした。
「あっあぶない、待って下さい。扉《ドア》をそのまま開けると爆発しますのよ」

      8

 爆発! と聞いて女史はブルブルと身ぶるいをした。博士をミルキ夫人の室で虐殺しようとしたときに、思いがけない爆発が起って、二人の手足が引裂かれてバラバラになったことを思い出したからである。「ではやむを得ません。只今わたしが安全装置を入れてから開けます」
 バラは観念したものと見え、今は悪びれる様子もなく、扉《ドア》の前に立って、三つの目盛盤を右や左にグルグルと廻しはじめた。青と赤と黄とのパイロットランプが次々に点滅した。そのうちに扉《ドア》は、静かに内部に向って動きだした。一行は、だんだんと開いてゆく隙間をとおして、室内の模様をこわごわ覗きこんだ。
「この第九室は、博士が試作品を入れておかれる部屋なんです。室内の生物たちを、あまりからかわないで下さいまし」
 バラの先導で、一行は恐る恐る室内に足を踏み入れた。
 途端に、なによりも早く一行を愕かせたものがあった。思いがけなくも、その室内に一人の裸女が立っていて一行の顔をジロリと見渡したのである。
 その裸女は、年の頃は十七、八歳でもあろうか。牛乳を固めたような真白な艶のある美しい肢体をもっていた。ことに人目をひくのは、その愛くるしい顔だった。世界中探しても二人とはいないほどの美少女だった。どこやらミロのヴィナスに似ていたが、むしろそれよりも天使に近かったといった方がいいかもしれない。彼女は文字どおり一糸をもまとわない裸身を別にはじらうでもなく、一行の方を向いてにっこりと笑ってみせた。
「これは素晴らしい美人だ!」ミルキ閣下は好色な喜悦をあけっぱなしに叫んだ。「その女、名前はなんという」
「アネットという名がつけてございます」
 とバラが少女に代って返事をした。
「なに、アネットというのか。相当いい名前だが、もっと似合のやさしい名前を与えてやった方がいいと思うぞ」
「しかし閣下、誤解なすっちゃいけませんよ。アネットは人造人間です。身体をよく見てやって下さいまし」
「なんだって。身体を見ろというのかい」
 ミルキ閣下は目を皿のようにして、アネットの全身をジロジロと探りまわした。
「おお、そうか」
 閣下の目が下の方に下がってきたとき、彼は思わずにが笑いをした。そこに人間として未完成な部分を発見したが故だった。
「――ではちょっとご説明いたします。この部屋に飼ってあるものは、いずれも博士コハクの試作生物です。こっちの小豚のような四つ足は身体と内臓とが人造肉によって作られ、そしてシェパードの脳髄を移し植えたものでございます。それからこっちは、猿に人間の幼児の脳髄を植えたもの……」
 バラは金網の前に立って、いちいち説明をしていった。
 実に怪奇を極めた生物館だった。一つとして、まともなものはいなかった。人間の形をしたものもいた。乳から上だけの人間が黄色い液体の充たされた大きなガラス器の中に漬かっていた。彼は両手でガラスの管を口にくわえて、紫色の液体をチュウチュウ吸いつづけていた。その液体のもとを見ると、複雑な化学装置からできていたが、その先は器内の黄色い液体だった。つまり黄色い液が途中で紫色の液になり、それが半身人間の身体を通るとまた黄色い液に変るという循環運動をなしていた。バラはこれを、新しき栄養摂取の試験をやっているのだと説明した。
 このバラの説明の間にもミルキ閣下はとかくソワソワした態度で、人造人間アネットの方に注意を奪われがちだった。女大臣アサリ女史の眼にも、それがハッキリと映じたので彼女はだんだん蒼ざめ、はては身体をブルブルとふるわせた。
 ところがミルキ閣下は、そんなことにいっこう気がつく様子もなくついに列を離れて、アネットの立っているところへ引き返してきた。
「美しいアネットよ。お前はこの部屋で
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