くわたしはちかごろいらいらしてならないの。どこがどうとハッキリわかっているわけではないけれど、近頃の生活は何だか身体のなかに、割り切れない残りかすが日一日と溜まってくるようで仕方がないわ。いまに精神的の尿毒症が発生するような気がしてならないのよ」
「そういわれると、僕もなんだかそんな気がしないでもないが、要するに、君は僕がいやになって、誰かほかに恋しい人ができているにちがいないよ」
「あら、そんなことうそよ。ペンだけがいやになったわけではなく、人間というものがすべていやになったのかもしれないわ」
「人間全体が嫌いになってはおしまいだ。僕はそうではない。もっとも嫌いな人間がないではない。さっきポールに、『僕はお前が嫌いになった』と言ってやったよ。あいつはいやらしいやつだ。君がいったとおりだったよ」
「わたしがいったとおりとは、どういうこと」
「ほら、ポールは自分で解剖していると、君が言ったろう」
「ウン、あのことなの」
「そうよ。ポールは自分の身体を自分で手術しているんだよ。それがあきれたじゃないか。これはここだけの話だけど、あいつは自分の性を変えようとしている」
「まあ、なんだって? 自分の性を変えるって? ああ、もしかすると――もっとその話のつづきをしてよ」
「話をしてくれといっても、それでハッキリしているじゃないか。あいつは手術によって男性を廃業して女性になりかかっているのだ」
「ええッ、そんなことができるのかしら」
「できるのかしらといったって、あらまし出来ているんだよ、まったくいやになっちまわあ。超短波手術法なんてものが発達して、人間の身体が彫刻をするように楽に、勝手な外科手術をやれるようになった悪結果だよ」
「人造人間さえ出来る世の中だから、そんなこともできるわけだわ。でも、生きた人間が自分で性を変えるなんて、これは素晴らしい決心だわ。素晴らしい思いつきだわ」
 バラは何を思ったか、急に寝床から身を起すと、たいへん昂奮の色を示して、太い腕でもって自分の扁平な胸をトントン叩くのだった。
「あきれたネ。君もなぜそんなに騒ぐのだ」
 ペンが眉をひそめて叫んだ。
「まあ、素晴らしいことだわ。ポールはよくやったわ。あの人は靴工なんかにはもったいない人間だったんだわ。そう言えば前からそんな気がしていたけれど。それはわたしたち圧迫せられた人間の唯一の逃避の道なんだわ。い
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