二人とも充分覚悟していることだろうな」
 と博士コハクに詰めよった。
 博士はそれでも冷然と構えていた。
「テレビ放送で全国に送られていたとすれば、この部屋で私の言った言葉も理解されているはずです。私の潔白はそれで証明されるでしょう」
 すると後から女大臣アサリ女史が憎々しげな赭ら顔を出して、
「博士、それはまことにお気の毒ですがネ、テレビ放送にはお二人の所作事が見えただけで、声の方はラジオが停ったきりで高声器はウンともスンとも鳴りませんでしたよ。だから貴下が何を喋ったか、それを知っている国民はただ一人もありませんでしょう」
「えッ、私たちの動作だけを放送して、声を放送しないなんて、そんなばかげたことがあっていいものですか。閣下のお言葉じゃないが、法令によればテレビは必ずラジオとともに放送する規程になっています」
 博士コハクは、今までの沈黙を破って、突如雄弁に喋りだした。
「はッはッはッ」と女大臣は無遠慮に笑って、「法令は閣下のお出しになるものです。今日閣下がテレビとラジオとは必ずしも同時に放送するを要せずという改正法令をお出しになったと仮定すれば、博士の抗議は意味ないことになるじゃありませんか。そして謹んで一言申し上げる光栄を有しますが、今日そのように改正法令が出たところなんです。だからテレビだけ送っても違反ではない……」
「それは許せない欺瞞だ。ことさら私たちの関係を誤解させるための悪辣な計略だ。何故《なにゆえ》の中傷です。何故《なにゆえ》の欺瞞です。それを説明して下さい」
 博士コハクは直立した身体から火のような言葉を吐いた。
 髭の閣下はみるみる蒼ざめた。が、彼はこのときブルブル慄える声で号令した。
「問答は無益だ。女大臣アサリよ、はじめ命じておいたとおり二人を処刑するんだ。それッ」
 ミルキ閣下は言い捨てるなり、アサリ女史をしたがえ外へ飛びだすなり扉《ドア》をしめた。
 このときまで壁を背にして傍観していた美しきミルキ夫人は、この様子に愕いて自分もともに室外へ飛びだそうとした。しかし扉《ドア》は鉄の壁でもあるかのようにビクとも動かなかった。
「おお、開けて下さい。わたしをどうしようというのです。閣下それではお話が違うではありませんか」
 ミルキ夫人は狂人のようになって扉《ドア》をドンドンと叩いた。そして開閉用の釦スイッチを押しつづけたが、閉まった扉は再び
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