いると思うんだけれど……」
と、道夫はそういって、手をのばして雪子の身体にさわろうとした。
「いけません。道夫さん」雪子はきびしく叱《しか》って後へさがった。
「あたしが生きているかどうか、幽霊か幽霊でないか、そのことは今に道夫さんにくわしくお話をしますわ。それよりも今はとても大事なことがあるのよ。道夫さん。あたしをたすけて下さらない。あたしのお願いするところへいって、お願いすることをして下さらない」
「なんでもしますよ、雪子姉さんのためなら。……それに姉さんがそんなに困っているんなら、ほくの生命《いのち》をなげだしても助けますよ」
道夫は、そう答えた。雪子の話を聞いているうちに道夫は胸がしめつけられるように感じたのだ。かわいそうな雪子姉さんに、あらゆる力をさしだす決心がついた。
「ありがたいわ、道夫さん」雪子は手を口にあてて泣きじゃくった。「……で、急がねばならないのよ、道夫さん、いっしょにきて下さい。しかしすこし苦しい目をしなければならないのよ。いいかしら」
「いいですよ。大丈夫。苦しくても、ぼく泣かないよ。しかしどこへいくの」
「いけば分るの。そしてお願いだけれど、これからあたしと行動を共にすると、ずいぶんふしぎなことが次々に起るんだけれど、なるべくそれについて、いちいちわけをきかないようにしてね。でないと、いちいちそれをあたしが説明していると、かんじんの仕事ができなくなるんですものね。くわしいことは、あたしが救われて安全になった上で十分お話することにして、それまでだまって、あたしのさしずに従って下さいね。いいこと」
雪子の話によると、ふしぎなことがあっても何も聞いてくれるなというのだ。
「むずかしいんだね」
道夫はにが笑いをした。
「さあ、それではいきましょう。道夫さん、目をつぶっていて。そしてちょっとの間、苦しいでしょうけれど、がまんしていてね、あんまり苦しければ、そういってもいいことよ。でもなるべくがまんして下さるのよ。そして眼をあけていいわといったら、眼をお開きなさいね」
「分ったよ」
「そしてその間、あたしは道夫さんの身体を抱えているんだけれど、おどろいちゃだめよ。なんだか気味のわるい振動を感じるかもしれないけれど。……それからもう一つ、道夫さんの方から、あたしの身体にすがりついてはだめよ。これはきっと守ってね」
「面倒くさいんだなあ。ぼく、いちいちそんなことおぼえていられないや」
道夫はそういった。雪子には大切な注意事項なんだろうが、道夫にはただうるさいばかりである。
「そうよ。ですから、道夫さんは、ただあたしの命令にしたがってさえいればいいの、分るでしょう」
「はあん」
「じゃあ、眼をとじていますね。これからでかけるのよ。ちょっとの間、苦しいでしょうが、がまんしてね」
道夫は、もう覚悟をして、おとなしくしていた。そのときふと気がついたのは、自分は今、川北先生のそばについているんだが、先生をほっておいて、また看護婦さんにもだれにもいいのこさないで、でかけてもいいのかどうかと反省した。
だが、そのときはもうおそかった。道夫の身体は後から抱きすくめられた。異様な気持になった。
怪しき気分
そのときの身体の痛みも、ずいぶんたえ切れないものであったけれど、それよりも道夫を苦しめたものは、全身の骨に受けたなんともたとえようのない気持のわるい振動であった。
ふだんは、自分の身体の中に骨があることは殆《ほと》んど感じないのであるが、そのとき道夫は全身をつらぬく、自分の骨が一せいにおどりだすように感じた。その骨は、一本ではなく、二百あまりの骨片が組立てられたものであるが、その二百あまりの骨片が、それぞれひとりでにおどりだしたのである。それとともに全身がへんな気持におそわれて、眼がまわった。それから胸がむかむかして、げろげろとやってしまった。
その苦しさに、道夫は大きな声をだそうとしたが、なぜかでなかった。また、ちょっと身体をうごかしても、反射的にはげしい痛みが起った。それはまるで自分の身体を、刃物にこすりつけて引き斬るようであった。
道夫は、低くうなりながら(それがせい一ぱいであった)その苦しみと痛みを相手にたたかった。一秒、二秒、三秒。道夫は、これは死ぬんじゃないかと思った。
と、とつぜんすうっと身体が軽くなった。今までおどり狂っていた全身の骨片がぴたりとしずまった。あやしげな不気味が、夕立の後で雲が風に吹きとばされてしまったように、なくなった。身体が急に軽くなった。
「ああ、苦しかった」
道夫は、ぱっと眼を開いた。
「あらあら、あたしが命令しないのに、眼をあいてしまったのね」
と、雪子がいった。雪子は道夫のうしろからあらわれ、前にきた。
「雪子姉さんは、後からぼくをかかえていたんでし
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