る文章がいかに難解であろうと、頁をめくっているうちにはたまには課長に分る文句の一つや二つはあってもよさそうなものだと思ったので……。
 その課長の労は、ついにむくいられたといっていいであろう。というわけは、彼はその研究ノートの頁と頁との間にはさまっている、別冊の黄表紙のパンフレットを見つけたからである。そのパンフレットの表紙には、めずらしく日本語で表題が書いてあった。それは『消身術に於《お》ける復元の研究文献抄』と読まれた。
「ふうん――」
 課長はうなって、その表題に見入った。消身術に於ける復元――というのは何だろう。消身術とは身体を消して見えなくする術の事ではなかろうか。それは一種の忍術だ。妖術《ようじゅつ》である。こんなパンフレットを秘蔵しているところから考えると、木見雪子はそんな妖術の研究にふけったあげく、姿を現わしたり、隠したりしてあのふざけた幽霊さわぎをひきおこしたものではあるまいか。課長の眼はそのパンフレットの各頁の上を走りだした。
 文献の内容は、消身術に関するものではなくて、いったん人間が消身術をおこなってから後、もとのように人間が姿をあらわすにはどうすればいいか――つまりそれが復元ということであるが、その復元の研究について、古《いにしえ》から最近のものまでの文献が、番号をうってずらりと並べてあり、そして各項について読後の簡単な批評と要点とが書きこんであった。もしも課長が大学理科の卒業生だったら、そこに集められている文献が、この事件の謎を解く鍵の役目を果すものであることを見破ったはずであるが、課長はそうでなかったので、それほど昂奮はしなかった。しかしさすがに犯罪捜査の陣頭に立つ人だけあって、この黄表紙のパンフレットを重要資料とにらんで、それを研究ノートから引き放し、服のポケットへ入れたのであった。
 それからも課長の仕事はしばらく続いたが、やがて研究ノートの最後の一冊を見終ると、両手を頭の上にあげて背伸びをした。
「おい古島君。この書類を元のように包んでくれ。ひろげて中を見たということが分らないようにね」
 課長はむりな註文をつけて、幽霊係の古島老人に命じた。
「ああ、それから山形君」といって金庫番の柔道四段の青年を呼んでポケットから黄表紙をだした。
「このパンフレットを金庫の中にしまってくれ。他の重要証拠品といっしょにしてね、奥へ入れておくんだ」
前へ 次へ
全67ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング