ころは、わしにはちゃんと分っている。誰があんな社説を流布《るふ》したか、わしは知っている」
「あははは。あの蜂矢探偵のことですか」
課長はそれにはこたえず不快な色を見せただけで黙っていた。
「実際蜂矢氏はすこしでしゃばりすぎますね。しかし仲々頭のいい人で、私立探偵にしておくのはもったいないほどだ。うちの課にもせめてあれくらいの人物が二三人……」
課長が吸いかけた煙草を灰皿の中にぎゅっと押しつけたので、黒川医は課長がかんしゃくを起したかとおどろいて言葉をとめた。
「幽霊を信ぜよなどという悪説を流布する者は、いくら頭がよくても、うちの課員にすることはできない」
課長はこの言葉を後に残して、部下たちをひきつれて本庁へ帰っていった。
幽霊説を蛇蝎《だかつ》のように嫌う一本気の田山課長が爆発させたかんしゃく玉はそれからこの事件の捜査を、以前とはうってかわった真剣なものにした。
木見邸にはいつも数人の警官が詰めることとなった。
その隣家の道夫の家まで、厳重に見張られることとなった。
道夫といえば、この少年は川北先生の発見以来ずっと川北先生のそばについている。それは同時にその筋から監視と保護とを加えられて居り、道夫の自由行動は許されない状態にあった。
道夫の両親、ことに、その母親はいつまでも道夫が戻されないので、非常な不安な気持になり、この頃ではよく寝こむ始末であった。
それからもう一つ書いておかねばならぬことは、多摩川べりが連日にわたって厳重に捜索せられたことである。これは道夫ののべた話により、奇怪なる老浮浪者の行方を探しもとめることと、その川べりにあるはずの大きなおとし穴や、その老浮浪者の住んでいる場所をつきとめることにあった。
だがこの方は成功しなかった。あれ以来老浮浪者の姿はこの界隈《かいわい》には全く見あたらなくなった。また、大きな落し穴も見つからなかった。怪老人の住んでいたと思われる地点は分ったが、しかしそこには茶碗のかけら一つ発見されず、ただ事がすこしすり切れて、赤い地はだがでている箇所や、竹か棒をたててあったらしい跡が見つかっただけであった。
雪子学士の幽霊も、その後さっぱり現われないという報告であった。
川北先生の容態も、あいかわらず意識不明のままで、今は帝都の中心にある官立の某病院の生ける屍《しかばね》同様のからだを横たえつづけている。
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