いたが、たちまち彼も、はげしく突き飛ばされた。なんという怪力であろう、老人のくせに……。
老浮浪者は、さっさと立去った。
怪しい影|来《きた》る
その次の日は土曜日であったので、お昼がすむと、川北先生は道夫といっしょに木見邸を訪ねた。
雪子の母親は寝込んでいた。昨日雪子の幽霊をみてからすっかり気を落してしまったのである。
娘は死んだものに違いないと考えるようになったからだ。
川北先生と道夫とは、まだそう決めるのは早すぎることを交《かわ》る交る説いた。そして先生よりも道夫の方がそれを熱心にいいはったのだった。
雪子の父親は不在だった。川北先生と道夫は、雪子の母親の許しを得て、研究室をもう一度調べさせてもらうことにした。
例のうす暗い長廊下を渡って、別棟の研究室へいった。扉の錠を外して、再び室内へ入った。
「ほら、やっぱり無い」
川北先生は、部屋の中央に近い卓子《テーブル》のところへいって、本立の間に並べて立ててある、研究ノートの列を指した。前日同様、研究ノート第九冊は見えず、それがあったところだけが、歯が抜けたようになっていた。道夫少年は背中が急に寒くなった。
「ほんとうに、なぜ無くなったんでしょうね。幽霊がもっていってしまったんでしょうか」
道夫には解けない謎だった。川北先生も首をひねって当惑顔だった。
「幽霊なら、物を持っていく力はないだろうと思うがね。物を持っていくかぎりそれは幽霊ではなく、生きてる人間だと思う」
先生はそういった。
そこで、どこかこの部屋から外へ抜ける秘密の通路があるに違いないという見込みをたてて、二人は部屋を今日こそ徹底的に調べにかかった。
研究室だけではなく、それに続いた図書室や寝室も調べてみた。壁も叩《たた》いて、調べ、天井は棒でつきあげてみたし、床はリノリウムのつぎ目をはがしてまで調べた。戸棚類はみんな動かした。積上げてあった本の山は、いちいちおろしたし、重い器械は動かした。
そんなに念入りに調べてみたが、その結果は見込みはずれであった。
「どこにも出入りできるところはないと断定しなければならなくなったわけだね」
先生は三時間に近い力仕事と緊張とにすっかり疲れて、椅子《いす》の一つに身体をなげかけていった。
「ほんとうに秘密の出入口はないのですね。すると昨日現われたという雪子姉さんの姿は、やっぱり幽
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