畸形児のことである。つまり真一の場合は、もともと二人であったものが、瘢痕のところで切開されて別々の二体となったものではあるまいか。そうすると別にあったもう一つの人体はいまどこに居るのだろう。そう考えると、たいへん恐ろしいことだった。
「だが、それは真一の場合の恐怖であって、あたしの身の上の恐怖でないからいい!」
 と妾は口の中で云ってみた。前にも云ったように、真一と妾とでは、双生児らしく似かよったところがないと思う。双生児に二種あって、一卵性双生児と二卵性双生児とがある。前者はたいへんよく似た瓜二つの双生児が生れるし、後者はそれほど似ていない。似ていないといっても、普通の兄弟姉妹を並べてみたときのように、これははらからだと一見して分る程度にはよく似ているのだった。妾と真一の場合を比べてみると、もちろん一卵性双生児のように瓜二つではないことは云うまでもないが、また二卵性双生児といえるほども似ていない。ややどこかが似ていないでもないが、その程度はとても二卵性双生児などと認められるほどのものではない。だから結局妾と真一とは、それほどの仮定を考えてすら双生児らしいところがなかった。
「その上、もっとハッキリした否定証明がある!」
 妾はもう一つ否定証明を考えついた。それは六《むつ》ヶ敷《し》い医学的な証明でない。つまり仮りに真一にシャム兄弟的なもう一人の人間があって、それと妾とが同じ日に同じ母から分娩されたとしたら、これは常識からいっても所謂《いわゆる》三つ子である。つまり丁寧にいえば三人の三生児と呼ぶことが出来てもこれを三人の双生児とは呼ぶことはできないであろう。
 結局妾は疑心暗鬼から、たいへん入り組んだことまで考えたが、これは考えすぎてたいへん莫迦をみたようなものであった。まるで抜け裏のない露地を、ご丁寧に抜け路があるかしらと探しまわって草臥《くたびれ》もうけをしたようなものであった。ともかくこれで真一の場合は、妾に関係のないことがハッキリ証明できたように思うのであるけれど、それでいてなお、なんとなく気がかりなのはどうしたことであろうか。それは妾の身の上を離れて、真一が背中にもつあの瘢痕の怪奇性が妾を脅かすのであろうか?
 とにかくそんなことは忘れてしまって、妾は父が手帳の中に書きのこした「三人の双生児」という字句が持つ秘密を、別な方面から調べてみなければならない。それはもっともっと別の種類のことなのではなかろうか。「三人の双生児」のなかの一人は、どうしても妾の身上のことなんだからして、残る二人の人間という不合理に見える合理を解きあげて妾の重い負担を下ろすことにしたいものである。


     4


 四国の徳島へ出発した女流探偵速水春子女史は、越えて十日目に、たいへん緊張した顔付で妾の邸を訪れた。
「まあ、奥さま。どうか吃驚《びっくり》なさいますな。あたくしはとうとう、貴女さまのほんとのおはらから[#「おはらから」に傍点]を探しあてて参りましたのでございますよ」
 妾は女史の言葉を、俄かに信ずる気持にはなれなかった。この六《むつ》ヶ敷《し》い同胞《はらから》さがしがそんなに簡単に解けようとは考えてはいなかったからである。
「ねえ、奥さま。お驚き遊ばしてはいけませんよ。詳しいことを申し上げるより前に、まずあたくしのお連れ申して来たお妹さま……とでも申しましょうか、それともお姉さまと申上げた方がよろしゅうございましょうか。とにかく同じ年の二月十九日に、御母堂に当ります西村勝子様がお産み遊ばしたお二方のうち、珠枝さま――つまり奥さま――ではない方のもう一方――その方のお名前を静枝さまと申上げますが、その静枝さまをお伴い申したのでございます。いま御案内申し上げますから、なによりもお会い下すって、よくよく御覧遊ばして下さいませ。あの、静枝さま。どうぞ、こちらへ」
 饒舌《じょうぜつ》女史は可愛げもない台詞《せりふ》をのべたててから、次の間の方へ声をかけた。
 襖《ふすま》の外では微《かすか》な返事があって、やがてやさしい衣摺《きぬず》れの音とともに、水々しい背の高い婦人が入って来た。妾はその婦人を一目みて、どんなに驚いたことであろうか。まことに吾れながらその顔形といい、躯つきといい、髪や衣服の趣味、さては化粧の癖に至るまでこんなにもよく似た婦人がいるものかと、暫くは呆然《ぼうぜん》と打ち見護っていたほどであった。これが話したいという第三の人物である。
「あら、お姉さまでいらっしゃるの。……まあお懐しッ。あたくし静枝ですわ。おお……」
 といって、その静枝嬢はバタバタと畳の上を飛んでくるなり、妾の胸にとりすがって、嬉し泣きにさめざめと泣くのであった。それはまるで新派劇の舞台にみるのとソックリ同じことで、いとど感激の場面が演ぜられたのだった。とり縋《すが》られた途端に妾もハッと胸ふさがり、湧きくる泪《なみだ》を塞《ふさ》ぎ止めることができなかった。
「おん二方さま。お芽出とう御祝詞を申上げます。あたくしも思わず貰い泣きをいたしました」
 と速水女史までもが、新派劇どおりに目を泣き腫らしたのだった。
「一体これはどういう事情だったんです」
 と妾はいつまでも鼻をかんでいる速水女史に尋ねた。
「いえもうそれは、たいへん混《こ》み入《い》った話になりますが、今日はちょっとかい摘《つま》んで申上げます」
 と饒舌女史が語りだした省略話をもう一つ省略して述べると、次のような事情であると分った。
 ――速水女史が徳島の安宅村というところへのりこんできいてみると、妾の母の勝子はもちろん死んでいて問題の幼童――つまり静枝のことを聞きだすべくもなかった。それから伯父の赤沢常造のところに静枝がいたということであるから、これを質《ただ》してみたが、自分のところに、その幼童をちょっと預かったことはあるが、間もなく母の勝子が連れだしたまま行方不明になってしまって、自分は知らないという。そこで村の故老などにいろいろ聞きあわした末、その幼童が静枝という名を名乗って、徳島市の演芸会社の社長の養女に貰われていたところをつきとめて、それで無理やりに東京へひっぱって来たのである。向うでも永く離したがらないので、四五日滞在したら、なるべく早く帰郷するようにと、養父の銀平氏から頼まれて来たというのであった。
 妾は気味のわるいほど実に自分によく似た静枝と、いろいろ故郷の話や、幼いときの話をした。彼女は妾の知っていることは残らず知っていて、すべてはよく符合した。妾を見習ってカンカンに赤い三つのリボンをかけたこともよく覚えているそうであるし、紫の立葵《たちあおい》のこと及びその色ちがいのもので赤や白のものがあることや、日本全国到る処に棲息《せいそく》するサワ蟹のこと、特にその鋏《はさみ》に大小の差があって鋏に糸をつけるとすぐそれが※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]《も》げることなどをスラスラ語った。
「静枝さん、あなたはどうしてあの座敷牢のようなところに入って暮していたんですの」
 と妾はかねて聞きたく思っていたことを聞いてみた。
「それはこうなのでございますわ。あたくしはどうしたものか、極く小さいときから夢遊病を患《わずら》っていたのでございます。それで夜中に起きてどこかへ行ってしまうようなことがあってはと、いつも座敷牢の中に入れられていたのでございますわ」
「でもいつでも貴女は寝てばかりいて、起きてたところを見たことがないわ。昼間から寝てばかりいたのは何故ですの」
「あれはこうなのでございます。あたくしは或る夜、夢遊して外に出たんですの。そして不幸にも崖から川の中へ落ちて足を挫《くじ》き、腕を折り、ひどい怪我をしたことがあるので、それで立ち上れなくて、いつも寝ていました」
「ああそうだったの。気の毒だったわネ。でも、脚を挫いているのなら夢遊でも外は歩けないのじゃない」
「いえそれはこうなんですの。夢遊病者は、たとえ足が悪くても、そのときは歩けるのですから不思議ですわ」
 静枝の答は一々明快だった。まだ聞きたいことが沢山あったがあまり尋ねては折角《せっかく》巡逢《めぐりあ》った同胞《はらから》のことを変に疑うようで悪いと思ったので、もう一つだけ重大なことを尋ねた。
「あの、『三人の双生児』とお父さまがお書き遺しになった言葉ね、あれはどういう意味でしょうね。あなたと妾とだけでは二人の双生児で、三人ではありませんものネ」
「ええあれはお父さまのユーモアであったんですわ。つまりお産の褥《しとね》の上には、お姉さまとあたくしとの二人の嬰児と、それからお産を済ませたばかりのお母アさまと、都合三人で枕を並べて寝ていたのを御覧になって三人の双生児とお書きになったんですわ」
「アラいやだ。そんなことだったの」
 妾は、このいままで重大視していた「三人の双生児」の謎が意外も意外、あまりにも明快にスラリと解けたので、滑稽《こっけい》でもあり、気ぬけもして、暫くは笑いが停まらなかった。実にそんなことであったのか。妾は今夜はこの新しく見つかった同胞のために、内輪ながら極めて盛大なお膳を用意するよう、召使に云いつけたのだった。そして妾はしばらくの間休息するために、自分の居間に入ったのであった。
 そこへチョロチョロと人の足音がして人目を憚《はばか》るようにして、速水女史が入ってきた。そこで妾は、手文庫から二百円の小切手をかいて、謝礼のため女史に贈った。女史はたいへん悦んだがすぐには部屋を出てゆかなかった。「アノ失礼でございますが、この前伺ったときとはちがいまして、お邸の中に変な男の人がいるようでございますが、あれはどうした仁《じん》でございましょう」速水女史は商売柄だけあって、目のつくのも速かった。その不審をうたれた男というのは安宅真一のことだった。彼は妾と始めて話をしたあの日、話|半《なかば》に急病を起して座敷に倒れてしまった。妾は驚いて早速医者を呼んでみたところ、だいぶん衰弱しているから動かしてはいけないという診断であった。妾は迷惑なことだったけれど、そうかといって真一を戸外につきだしたため、門前で斃《たお》れてしまわれるようなことがあっては困るから、仕方なしに邸のうちに留めおいて、療養をさせることにした。それからこっち一週間あまり経ち、真一はずっと元気づいた。妾の見立てでは、この「海盤車娘《ひとでむすめ》」はどっちかというと空腹で参っていたといった方が当っていたように思う。この邸でも、男ぎれというものが全くないので、妾も不用心だと思っていたところであるし、かたがた真一を邸内にそのままブラブラさせて置いたのが、逸早《いちはや》く速水女史の眼に止ったというわけである。妾はそのいきさつを手短に女史に語って聞かせた。
「まあそうなんでございますか」
 と女史はいったがそこで一段と眉を顰《しか》めて、
「でもあの安宅さんとやらはどうも人相がよくございませんわ。お気をおつけ遊ばせ。これはあたくしの経験から申すことでございますよ」
 女史はそういい置いて、なお心配そうに妾の顔をふりかえりながら帰っていった。
 それから三日間というものは、妾の邸のなかは主賓《しゅひん》の静枝と、飛び入りの安宅真一とを加えてたいへん朗かな生活を送った。真一は別人のように元気に見えた。しかし彼の青白いねっとりした皮膚や、怪しい光のある眼つきなどは別に消散する様子もなく、どっちかといえば更に一層ピチピチした爬虫類《はちゅうるい》になったような気がするほどであった。
 それに引きかえ、実に妾はこの四五日なんとなく肩の凝《こ》りが鬱積《うっせき》したようで、唯に気持がわるくて仕方がなかった。考えてみるのに、それは静枝が来てからこっちの緩めようのない緊張のせいであろう。それから妾は静枝の対等の地位や静枝を帰すときに頒《わ》け与えたいと思う金のことでも気を使いすぎた。
 妾はこの肩の凝りをどうにかして早く取りのぞきたいと思った。どうすればそれは簡単にとることが出来るだろうか
 そうだ、いいことがある。
 妾はとても素
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