と証明する材料もないのだ。それよりも妾には真一がここで死んでいることが迷惑千万であったのである。――妾は偽りなくその心境を語った。
「これは奥さまの想像していらっしゃるよりも面倒なことになると存じますわ。お世辞のないところ、奥さまの立場は非常に不利でございますわ。お分りでしょうけれど。ことにこの部屋から物を持ちだして証拠湮滅《しょうこいんめつ》を図ろうとなさっていますし(といって廊下のトランクのことを指し)その上に真一さんが横《よこた》わっている寝具は誰が見ても奥さまの寝具に違いありませんし、それからこの部屋に焚《た》きこめられた此のいやらしい挑発的な香気といい……」
「ああ、もうよして下さい」
と妾は女史の言葉を遮《さえぎ》った。彼女は何もかも知っているのだ。この上妾は黙って聴いているにたえなかった。たとえ妾に恐ろしい殺意がなかったにしろそれを証明することは面倒なことだし、それに妾が寝室へ曲馬団崩《きょくばだんくず》れの若い男を引入れたことが世間に曝露しては、妾の生活は滅茶滅茶になることがハッキリ分っていた。それは自分を墓穴に埋めるに等しかった。どうして堪えられよう。
「速水さん。
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