一段落ついた。で、この上は君の希望を聞いてみたいと思う。その双頭児をこれから大学の病院で流産させてしまおうと思うのだがネ」
「ええどうぞ、そうして下さい。是非そうして下さい。妾は親となって育てるのはいやです」
と喚《わめ》き散らした。
そこで妾たちは、大学の医学部教室へ入った。
「ほら、これが真二の首だよ」
そういって貞雄は硝子瓶の中にアルコール漬けになった塊を指した。妾はそれを覗いた。
「ああ、あの子だ」
それは確かに、妾の記憶にある懐しい幼馴染《おさななじみ》の顔だった。実になんという奇しき対面であろう。色こそ褪《あ》せて居るけれど、彼の長く伸びた頭髪は、可愛いカンカンに結って、その先に色を失った三つのリボンが静かにアルコールの中に浸っていた。ああ、なんという可憐な顔だろう。妾はそれをじっと見つめているうちに妾の考えが急に変ってくるのに気がついた。そうだ、今腹に宿っている両頭の子供を下すのは思い止まりたい。例えそれが畸形児であろうとも、妾が母たることに違いはないのだ。血肉を分けた可愛い自分の子に違いないのだ。流産して殺すなんてそんな惨《むご》たらしいことがどうして出来ようか。
妾は貞雄が向うの標本を眺めている隙に、独りで教室をドンドン出ていった。
底本:「海野十三全集 第2巻 俘囚」三一書房
1991(平成3)年2月28日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
1934(昭和9)年9、10月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※「現代推理小説大系8 短編名作集」(講談社、1973(昭和48)年)を参考に、誤植が疑われる以下の箇所を直しました。(数字は底本のページと行数)
○316−上−1 キュウと唇と曲げて→キュウと唇を曲げて
○320−下−22 遠く距《へただ》って→遠く距《へだた》って
○333−上−15【底本では、右の1行が脱落】→「出鱈目だって」
○358−上−22 妾をそれを覗いた→妾はそれを覗いた
※「妊娠」と「姙娠」の混在は、底本通りとしました。
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2004年5月31日作成
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