からにしてはどうかネ」
この貞雄の言葉には、妾はすっかり興《きょう》を醒《さ》ましてしまった。キヨを外に出してしまえば、どんなに落着いて妾の楽しみを味うことが出来るだろうと予期していたのが、すっかり駄目になった。「キヨが居ては、妾|厭《いや》だわ。――」
と妾は、ちょっと拗《す》ねてみせた。
「それはいけない。こういうことは、たとえ医師でも誤解をうけやすいことだ。どうしても誰かに立ち会って貰うのでなくては、僕はやらないよ」
貞雄の頑迷な潔癖さには、妾はつくづく呆れてしまった。また一面に於ては、それだけ彼の人物が気に入った。もう仕方ないので、キヨを立ち合わせることに同意した。
貞雄は、妾の居間を診察室に決め、その隣りの納戸を準備室に決めた。準備室には、何に使うのだか訳の分らないいろいろな器械や器具を並べたて、見たところたいへん大袈裟《おおげさ》でかつ厳《おごそ》かだった。
こうして午前十時から、いよいよキヨ立ち会いのもとに綿密な診察が始まったが、それは約一時間に亘った。妾はあらゆる場所をあらゆる角度から診察され、その上にまるで手術を受けるのかと思うような器械を当てられたり、いろいろな場所にさまざまの注射をしたり、幾度も血液を採取せられたりした。妾はキヨの立ち会っていることなど直ぐ気にならなくなった。どうやら診察が一と通り終ったらしいと思っていると貞雄は静かに妾の傍へよって来て、
「これで診察は終ったよ。君は母性欲が今日は顕著な曝露症《ばくろしょう》の形で現れていたと思う」と笑いもせず云ってのけた。「精《くわ》しいことは、あとで報告するけれど、見たところ君の身体にはさしたる重大な異状を発見しない。子供を育てる機能も充分に発達している。君が考えさえ直すなら、普通の人より以上に健康な体躯の持ち主だということが出来る」
そんなことは云われなくても分っているようなものだった。それよりも、もっと訊《き》き正したいことがあった。
「それよか、妾の身体に、何か変ったところか、瘢痕《きず》のようなものは見付からなくて」
「気の毒だけれど、君を悦ばせるような異状は何一つ発見できなかったよ。――」
それを聴いて妾はホッと溜息をついた。それならばいい。妾は心配したようなシャム姉妹的な存在でもないのだった。妾は一時に身が軽くなったような気がした。それで起きて何かお美味《いし》いものでも喰べようと思って、蒲団から身体を起しかけた。ところがそれを見た貞雄は、駭《おどろ》いてそれを留めた。
「あッ動いちゃいけない。――」
「アラどうして!」
「もう一時間ばかり、そのまま絶対安静にしているんだよ。いろいろな注射などをしたものだから、その反応が恐い。生命が惜しけりゃ、僕の云うことを聞いて、もう一時間ほど静かに横臥《おうが》しているのだ」
そういって貞雄は、妾の肩にソッと毛布を掛けてくれた。――妾は羊のように温和《おとな》しくなった。
貞雄が当地を出発したのは、その翌日のことだった。いずれ冬の休暇ごろには、用があるのでまた当地へ来るから、そのとき是非立寄ると云った。そして例の「三人の双生児」に関する問題も故郷の方をもっと探してみて、面白い発見があれば必ず知らせるということだった。
妾は彼の再訪を幾度も懇願した上、名残惜しくも貞雄を東京湾の埠頭まで送ったのであった。
10[#「10」は縦中横]
五ヶ月という日数は、妾にとってあまり永すぎた。――しかしとうとう、その五ヶ月目がやって来たのだった。
五ヶ月!
その間、妾は貞雄をどんなに待ち佗《わ》びたことだろう。堪えかねた妾は幾度も、南八丈島の彼の許へ手紙を出したけれど、それは梨《なし》の礫《つぶて》同様で、返答は一つもなかった。
その五ヶ月の間を、妾はどんなに驚き、焦《あ》せり悶《もだ》えたかしれない。前には三人の双生児のことで思い悩んだ妾だったけれど、この度はそれどころではなかった。三人の双生児などは、もうどうでもよかった。ましてや真一の死などは何のことでもなかった。彼を殺した犯人が女探偵の速水女史であっても、また静枝が妾の本当の妹でなくても、それはどうでもよいことだった。事実妾は平気で、かの二人の女を同居させていた。二人は全く家族のように振舞っていたのである。ときには、誰がこの家の主人だか分らぬようなことさえあった。その五ヶ月を、妾は一体何事について驚き焦り悶えていたのだろうか。
姙娠!
妾は目下《もっか》姙娠五ヶ月なのであった。
そういうと、きっと誰方《どなた》でもこの余り意外な出来ごとのために、目を丸くなさることだろうと思うが、妾の懐姙《かいにん》は最早疑う余地のない厳然《げんぜん》たる事実なのである。
さらに驚くことは、この懐姙した胎児について、誰がその父親
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