が、子供のときには男女の区別はハッキリしない。殊に終日寝かされて何の変った楽しみもない真一真二の幼童が、たまたま君の髪に結んだ赤いカンカンを見て、あたい達にもつけてよオとせがんでも無理のないことではないか。そして二つの首を見せて駭かすことのないように、母親がいろいろ気を配ったことも無理ならぬことだ。その後、真二は顔に悪性の腫物《はれもの》が出来たので遂に大学で未曾有《みぞう》の難手術をやり、とうとう切ってしまった。そうしないと真一までが死んでしまうおそれがあったからだ。真一君が流浪の旅にのぼるようになったことなどは説明するまでもあるまい。僕は君を大学へ連れていって、アルコール漬になっている真二君の首を見せたいと思うよ。――まあそんなわけだから、君たちが生れたときに、お父さんが『三人の双生児』と呼んだのも根拠のあることだ。身体から見れば双生児であり、首の方は三つあったんだからネ」
 ああ、なんという恐ろしい話だろう。これほど怪奇を極めた話が、この世に二つとあろうか。妾は舌を噛み切って死にたいような衝動に駈られた。といって、舌を噛み切って死ねば、妾の腹にある胎児は、暗《やみ》から暗へ葬られるのだと気がつくと、妾はハッと正気に返った。そしてそこで妾は吾が子のまだ知らぬ父親のことが急に知りたくなって、自らを制することができなくなった!
「妾の腹の子の父親のことを教えて下さいな。どうぞ後生《ごしょう》ですから……」
 と叫んだ。
「ではそれを教えてあげようが、これから大学まで歩いてゆく道々話すことにしよう」
 最早《もはや》妾たちは折角の料理に箸《はし》をつける気もなくなって、そのまま外に出た。池《いけ》の端《はた》を本郷《ほんごう》に抜ける静かなゆるい坂道を貞雄に助けられながらゆっくりゆっくり歩を搬《はこ》んでゆく――が、妾の胸の中は感情が戦場のように激しく渦を巻いていた。
「君の胎《はら》の子の父親はねエ」
 と貞雄は耳許で囁いた。
「――駭いてはいけない、この僕なんだよ」
「まア、貴方ですって、――」
 妾はそれを聞くとカッとして、思わず貞雄をドンと突き飛ばした。
「ああ悪魔! 恐ろしい悪魔!」
 と妾は喚《わめ》きつづけた。
「貴方と妾とは血肉を分けた兄妹じゃありませんか。それだのにこんな罪な子供を姙《はら》ませるなんて……ペッペッ」
 と、妾は烈しく地面に唾を吐いた
前へ 次へ
全48ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング