こと。一体誰がそんなものを入れたのでしょう」
「いや、今に僕が分らせてみるよ」
 妾はホッと息をついた。貞雄の来てくれたお蔭で、妾の疑問としていたところはドンドン氷解してゆくのであったから、感謝をせずにいられなかった。どうか今夜はぜひ泊ってくれといったけれど、貞雄は中々承知しなかった。
「随分貴方は頑固なのネ。貴方と妾とは従兄妹《いとこ》じゃありませんか。泊っていったって何ともないじゃないの」
「ああ。――」
 と貞雄はちょっと眉をひそめたが、
「貴女は知らないらしいネ。貴女の西村家と、僕の赤沢家とは、赤の他人なんだよ」
「あら、――でも赤沢の伯父さんと呼んでいたことを覚えているわ」
「ははア、そんなこと、意味ないよ。幼いころは、だれを見ても『おじさん』と呼ぶ。僕は知っているけれど、両家は他人同志だった」
「まア、そうなの――」
 すると妾にとって、赤沢は赤の他人なのだ。今まで馴れ馴れしくしたことが悔いられたけれど、その代り他人であればあるだけ、妾は俄かに胸のワクワクするのを覚えた。
「医者として僕は珠枝さんに云って置きたいけれどネ」と貞雄は一向頓着なしに話しかけた。「君は同胞《はらから》を探すことに夢中になっているようだが、たといそれを探し当てても、君はサッパリしないに決っているよ」
「アラなぜ、そうなの」
 妾は貞雄が何を云いだすのやら、すこし驚かされた。
「君は、そうした要求の背後に、いかなる本尊《ほんぞん》さまがあるのかを知らねば駄目だ」
「本尊さまって?」
「端的《たんてき》に云えば、君は母性慾に燃えているのだ。君の自分の血を分けた子孫を残したがっているのだということに気がつかないかネ。同胞探しは、その根本的要求が別の形になって現れたに過ぎない。本当のところは、君は子供を生みたいのだ」
「そうかも知れないわ」と妾は云った。「でも妾は男性とそういう原因を作ることを好まないのよ。つまりそういう交渉を極端に億劫《おっくう》がる性質なの。そういう交渉なしに子供が出来るんだったらいいけれども、そうもゆかないでしょう。それに妾は一度結婚生活を送って分ったことだけれど、妾には子供が出来る見込なんかありゃしないわ」
「そんなこともなかろうけれど、結局君のあまりに変態的な生活が、そうした能力を奪ってしまったのかもしれないネ。忍耐づよい夫婦生活が、おそらく自然に君の能力を取り
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