ことを述べ、医者を迎えるまでに片づけておきたいものがあるからちょっと手をお貸しといってキヨを引張っていった。
「キヨ、いいかい。知れるとうるさいから此室《このへや》からトランクだのを搬《はこ》んだことは、誰にも云っちゃいけないよ。いいかい」
 と妾は念入りな注意をすることを忘れなかった。キヨは黙って頭を振って同意を示すだけでいつものようにハッキリと返事をしなかった。どうやら真一ののけぞった屍体《したい》を見てから、すっかり恐怖に囚われてしまったものらしい。
 丁度そのときのことであった。ジジーンと、突然玄関のベルが鳴った。折が折とて妾は胸を衝《つか》れたようにハッとし、持ちあげていた荷物をドスンと廊下へ落してしまった。
「呀《あ》ッ。キヨ、入れちゃあいけないよ。入れちゃあいけないよ……」
 誰だろう?
 警官だろうか。妾の胸は早鐘のように躍った。
 ジジーン。ベルは再びけたたましく鳴った――もうお仕舞《しま》いだと思った。
「もしもし西村さん。もうお寝み? あたくし速水なんですけれど」
 ああ、速水、――なるほど女探偵の速水春子女史の声に違いなかった。ああ、丁度いいところへ、いい人が来てくれたものである。妾は早速《さっそく》女史を家の中に招じ入れた。
「あら奥さま、すみませんです」
 といつになく上ずった調子で
「静枝さま、いらっしゃいますか、一緒に出かけるお約束だったんですが、お出にならぬのでお迎えに伺ったんですけれど……」
 と女史は云った。ああ、静枝はどうしたのだろう。女史を訪ねてゆくといったが、これは行き違いになったものらしい。
「まア皆さん、どうかなすったの。……お顔の色っちゃ無いですわ」
 突然女史はそういって妾とキヨの顔を見較べた。もういけない。もう隠して置くことは出来なかった。咄嗟《とっさ》に妾の決心は定まった。
「速水さん、ちょっと上って下さいな。実は大変なことが出来ちゃって……」
 と妾は速水女史の手を取るようにして上にあげた。そこで女史に、この突発事件について、差支えのない範囲の説明をして、善後策を相談した。
「これは厄介なことになりましたのネ」
 と女史は現場を検分しながら沈痛な面持をして云った。
「奥さんは、真一さんの死因が何であるとお思いなんでございますか」
 さあそれは妾の知ることではなかった。頓死かもしれないと思うが、同時に他殺でない
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