うした仁《じん》でございましょう」速水女史は商売柄だけあって、目のつくのも速かった。その不審をうたれた男というのは安宅真一のことだった。彼は妾と始めて話をしたあの日、話|半《なかば》に急病を起して座敷に倒れてしまった。妾は驚いて早速医者を呼んでみたところ、だいぶん衰弱しているから動かしてはいけないという診断であった。妾は迷惑なことだったけれど、そうかといって真一を戸外につきだしたため、門前で斃《たお》れてしまわれるようなことがあっては困るから、仕方なしに邸のうちに留めおいて、療養をさせることにした。それからこっち一週間あまり経ち、真一はずっと元気づいた。妾の見立てでは、この「海盤車娘《ひとでむすめ》」はどっちかというと空腹で参っていたといった方が当っていたように思う。この邸でも、男ぎれというものが全くないので、妾も不用心だと思っていたところであるし、かたがた真一を邸内にそのままブラブラさせて置いたのが、逸早《いちはや》く速水女史の眼に止ったというわけである。妾はそのいきさつを手短に女史に語って聞かせた。
「まあそうなんでございますか」
と女史はいったがそこで一段と眉を顰《しか》めて、
「でもあの安宅さんとやらはどうも人相がよくございませんわ。お気をおつけ遊ばせ。これはあたくしの経験から申すことでございますよ」
女史はそういい置いて、なお心配そうに妾の顔をふりかえりながら帰っていった。
それから三日間というものは、妾の邸のなかは主賓《しゅひん》の静枝と、飛び入りの安宅真一とを加えてたいへん朗かな生活を送った。真一は別人のように元気に見えた。しかし彼の青白いねっとりした皮膚や、怪しい光のある眼つきなどは別に消散する様子もなく、どっちかといえば更に一層ピチピチした爬虫類《はちゅうるい》になったような気がするほどであった。
それに引きかえ、実に妾はこの四五日なんとなく肩の凝《こ》りが鬱積《うっせき》したようで、唯に気持がわるくて仕方がなかった。考えてみるのに、それは静枝が来てからこっちの緩めようのない緊張のせいであろう。それから妾は静枝の対等の地位や静枝を帰すときに頒《わ》け与えたいと思う金のことでも気を使いすぎた。
妾はこの肩の凝りをどうにかして早く取りのぞきたいと思った。どうすればそれは簡単にとることが出来るだろうか
そうだ、いいことがある。
妾はとても素
前へ
次へ
全48ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング