た。とり縋《すが》られた途端に妾もハッと胸ふさがり、湧きくる泪《なみだ》を塞《ふさ》ぎ止めることができなかった。
「おん二方さま。お芽出とう御祝詞を申上げます。あたくしも思わず貰い泣きをいたしました」
 と速水女史までもが、新派劇どおりに目を泣き腫らしたのだった。
「一体これはどういう事情だったんです」
 と妾はいつまでも鼻をかんでいる速水女史に尋ねた。
「いえもうそれは、たいへん混《こ》み入《い》った話になりますが、今日はちょっとかい摘《つま》んで申上げます」
 と饒舌女史が語りだした省略話をもう一つ省略して述べると、次のような事情であると分った。
 ――速水女史が徳島の安宅村というところへのりこんできいてみると、妾の母の勝子はもちろん死んでいて問題の幼童――つまり静枝のことを聞きだすべくもなかった。それから伯父の赤沢常造のところに静枝がいたということであるから、これを質《ただ》してみたが、自分のところに、その幼童をちょっと預かったことはあるが、間もなく母の勝子が連れだしたまま行方不明になってしまって、自分は知らないという。そこで村の故老などにいろいろ聞きあわした末、その幼童が静枝という名を名乗って、徳島市の演芸会社の社長の養女に貰われていたところをつきとめて、それで無理やりに東京へひっぱって来たのである。向うでも永く離したがらないので、四五日滞在したら、なるべく早く帰郷するようにと、養父の銀平氏から頼まれて来たというのであった。
 妾は気味のわるいほど実に自分によく似た静枝と、いろいろ故郷の話や、幼いときの話をした。彼女は妾の知っていることは残らず知っていて、すべてはよく符合した。妾を見習ってカンカンに赤い三つのリボンをかけたこともよく覚えているそうであるし、紫の立葵《たちあおい》のこと及びその色ちがいのもので赤や白のものがあることや、日本全国到る処に棲息《せいそく》するサワ蟹のこと、特にその鋏《はさみ》に大小の差があって鋏に糸をつけるとすぐそれが※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]《も》げることなどをスラスラ語った。
「静枝さん、あなたはどうしてあの座敷牢のようなところに入って暮していたんですの」
 と妾はかねて聞きたく思っていたことを聞いてみた。
「それはこうなのでございますわ。あたくしはどうしたものか、極く小さいときから夢遊病を患《わずら》ってい
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