だ。これを傍で聞いている皆々は、愉快そうににやにや笑っているが、僕は笑い事ではない。
 こんなことを数回くりかえした。
 西原少佐殿は、熱心にくりかえし薦《すす》め、そして僕を元気づけてくれる。ここに於て、僕は秒前までの乗らないという決心をさらりと翻《ひるがえ》し、
「はい、乗りましょう」
 といって、オーバーの釦《ボタン》に手をかけた。これが最初の宙返りであった。意志というか覚悟というか、それの宙返りであった。決意してしまえば、元々好きなことなんだから、とたんに、わがからだはもうふわっと空に浮んだようだった……。
 機は約千五百メートルにとびあがった。
 はるかな地上には煙霧が匐《は》い、夕陽はどんよりと光を失い、貯水池と川とだけが、硝子《ガラス》のように光っていた。と、突如、からだがぐーっと下に圧えられた。機は奇妙な呻《うな》りをたてはじめた。いよいよ始まった、宙返りが……。
 宙返りをしていることは、はっきり分っているくせに、「自分は今、本当に宙返りをやっているのかしら、夢を見ているのではないか」という疑念がしきりと湧いた。
 ――そのとき、虚空《こくう》と大地とが、まるで扁平《
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