へんぺい》な壁のように感じられた。空は湖のようだ。ぐうーと水平線があがって、上から巨大なる島が下りてきた――と思ったら、それは島ではなく、わが地球であったのだ。芝居の背景が、ぐるぐるまわっているような感じでもあった。僕は、ひたすら錯覚《さっかく》の世界を追っていたのだ。
 はげしい横転の始まった瞬間には、僕の身体は、機外においてけぼりにされたように感じた。水平線が、きらきらと、交錯《こうさく》した水車の車軸のようにみえる。奇妙なことだ。
 一等気持のわるかったのは、上昇反転であった。機はぐんぐん垂直に上昇していって、その頂上で、エンジンははたと停り、そして失速する。からだが、空中にぴたりと停った。まるで空中に腰掛があって、その上に、ふわりと胡坐《あぐら》をかいたようなふしぎな気持だ。そこまではいいが、とたんに、下腹を座席へ固くしめつけている筈《はず》の生命の帯皮《おびかわ》が俄《にわか》かに緩《ゆる》み、からだが逆さになって、その緩んだ帯皮から、だらりとぶらさがる。機を放れて、単身《たんしん》墜落の感じだ。はっと目を前方に向け、そこにあるべきはずの地平線を探るんだが、地平線は無く、顔のまん前にあったのは、何ともいえない気味の悪い青黒い壁のような大地であった。いつの間にか機首を下にした機は、次の瞬間、どどどっと奈落《ならく》に顛落《てんらく》する……。
 特殊飛行中、僕は特に頭を下げて、自分のからだに、今如何なる苦痛が懸っているかを特に注意してみた。急上昇のときだと思うが、胸と太ももとが、目に見えない魔物のために、今にも押《お》し潰《つぶ》されそうに痛むのを発見して、ああこれこそ我慢づよいわが空の勇士が、絶えず相手に闘っているところの見えざる敵“慣性《かんせい》”だなと悟った。
 機が地上に下りると、僕は急に胸先がわるくなって、むかむかしてきた。生唾《なまつば》が、だらだらと出てきた。全身には、びっしょり汗をかいていた。だが僕は、大声で叫びたいほど愉快であった。
 僕は、機上から下りて、校長閣下を始め御歴々《おれきれき》に対し、初めて挙手の礼をもって挨拶《あいさつ》をした。鼻汁がたれているのはわかっていたが、これを拭《ぬぐ》うすべをしらないほど平常の身嗜《みだしな》みに無関心だった。
 西原少佐殿は、さっきとは打ってかわり、それからいくどもくりかえし、
「海野さん、ま
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング