こが銀座です。あなたの立っているところが、昔の銀座四丁目の辻《つじ》のあったところです」
「うそでしょう。……おやおや、妙《みょう》な塔《とう》がある。それから土《ど》まんじゅうみたいなものが、あちこちにありますね。あれは何ですか」
林と草原の間に、妙にねじれた塔や、低い緑色の鍋《なべ》をふせたようなものが見える。
「あのまるいものは、住宅の屋上になっています。塔は、原子弾《げんしだん》が近づくのを監視《かんし》している警戒塔《けいかいとう》です。すべて原子弾を警戒して、こんな銀座風景《ぎんざふうけい》になったのです。みんな地下に住んでいます。ときどきものずきな者が、こうして地上に出て散歩するくらいです。おどろきましたか」
正吉はたしかにおどろいた。あのにぎやかな銀座風景は、今は全く地上から姿をけしてしまったのだ。
近づく星人《せいじん》
「まだ、戦争をする国があるんですか」
正吉少年は、ふしぎでたまらないという顔つきで、案内人のカニザワ区長にきいた。
「やあ、そのことですがね、まず戦争はもうしないことに決めたようです」
「戦争をするもしないも日本は戦争放棄《せんそうほうき》をしているんだから、日本から戦争をしかけるはずはないんでしょう。もっともこれは今から三十何年もむかしの話でしたがね」
正吉はあのころ新憲法《しんけんぽう》ができて、それには戦争放棄がきめられたことをよくおぼえていた。
「正吉君のいうことは正しいです。しかしですね。その後また大きな戦争がおこりかけましてね――もちろん日本は関係がないのですがね――そのために、おびただしい原子爆弾《げんしばくだん》が用意されました。そのとき世界の学者が集って組織している連合科学協会というのがあって、そこから大警告《だいけいこく》を出したのです。それは二つの重大なことがらでした」
「どういうんですか、その重大警告というのは……」
「その一つはですね、いま戦争をはじめようとする両国が用意したおびただしい原子爆弾が、もしほんとうに使用されたときには、その破壊力《はかいりょく》はとてもすごいものであって、そのためにわれらの住んでいる地球にひびが入って、やがていくつかに割れてしまうであろう。そんなことがあっては、われわれ人間はもちろん地球上の生物はまもなく死に絶えるだろう。だから、そういう危険な戦争は中止すべきである――というのです」
カニザワ東京区長は、そう語りながら、ハンカチーフを出して、顔の汗《あせ》をぬぐった。おそらく氏は、その戦争|勃発《ぼっぱつ》一歩前の息づまるような恐怖《きょうふ》を、今またおもいだしたからであろう。
「で、戦争は起ったのですか、それとも……」
「もう一つの重大なことがらは」
と区長は正吉の質問にはこたえず、さっきの続きを話した。
「連合科学協会員は最近|天空《てんくう》においておどろくべき観測《かんそく》をした。それはどういうことであるかというと、わが地球をねらってこちらへ進んでくるふしぎな星があるということだ。それは彗星《すいせい》ではない。その星の動きぐあいから考えると、その星は自由|航路《こうろ》をとっている。つまり、その星は飛行機やロケットなどと同じように、大宇宙を計画的に航空しているのだ」
「へえーッ。するとその星には、やっぱり人間が住んでいて、その人間が星を運転しているんですね」
「ま、そうでしょうね――だからわれわれは、もう一刻《いっこく》もゆだんがならないというのです。その星はわが太陽系のものではなく、あきらかにもっと遠いところからこっちへ侵入《しんにゅう》して来たものだ。そしてその星に住んでいるいきものは、わが地球人類よりもずっとかしこいと思われる。さあ、そういう星に来られては、われわれはちえも力もよわくて、その星人《せいじん》に降参しなければならないかもしれない。そのような強敵《きょうてき》を前にひかえて、同じ地球に住んでいる人間同士が戦いをおこすなどということは、ばかな話ではないか。そのために、われわれ地球人類の力は弱くなり、いざ星人がやってきたときには防衛力《ぼうえいりょく》が弱くて、かんたんに彼らの前に手をつき、頭をさげなければならないだろう。――それをおもえば、今われわれ人類の国と国とが戦争するのはよくないことである。つまり、『今おこりかかっている戦争はおよしなさい』と警告したのです」
「ああ、なるほど、なるほど、そのとおりですね」
「それが両国によく分ったと見えましてね、爆発寸前というところで戦争のおこるのは、くいとめられたんです。お分りですかな」
「それはよかったですね。しかし、そんならなぜ、あのようにたくさんの原子弾《げんしだん》の警戒塔や警報所や待避壕《たいひごう》なんかが、今もならんでいるのですか」
正吉には、そのわけが分らなかった。
「いやあれは、あたらしく襲来《しゅうらい》するかもしれない宇宙の外からの敵が、原子弾をこっちへなげつけたときに、役に立つようにと建設せられてあるんです」
「ああ、そうか。あの星人とかいう連中も、原子弾を使うことが分っているのですね」
「多分、それを使うだろうと学者たちはいっていますよ――それに、もう一つああいう防弾設備《ぼうだんせつび》がぜひ必要なわけがあるんです」
「それはどういうわけですか」
「それは、ですね。わが地球人類の中の悪いやつが、ひそかに原子弾をかくして持っていましてね、それを飛行機につんで持って来て、空からおとすのです」
「どうしてでしょうか」
「どうしてでしょうかと、おっしゃいますか。つまり昔からありました、強盗《ごうとう》だのギャングだのが。今の強盗やギャングの中には、原子弾を使う奴がいるのです。どーンとおとしておいて、その地区が大混乱《だいこんらん》におちいると、とびこんでいって略奪《りゃくだつ》をはじめるのです。ですから、そういう連中を警戒するためにも、あれが必要なのです」
そういってカニザワ区長は、警戒塔を指さした。
「いやあ、三十年後の強盗団はさすがにすごいことをやりますね」
と、正吉少年はおどろいてしまった。
すばらしい地下生活《ちかせいかつ》
区長さんの話によると、人々は地下に家を持って、安全に暮しているが、事件や戦争のないときにはこうして、大昔の武蔵野平原《むさしのへいげん》にかえった大自然の風景の中に自分もとけこんで、たのしい散歩やピクニックをする人が少なくないとのことであった。
「じゃあ、前のような地上の大都市というものは、どこにもないのですね」
「そうですとも。昔は六大都市といったり、そのほか中小都市がたくさんありましたが、いまは地上にはそんなものは残っていません。しかし、地の中のにぎわいは大したものですよ。これからそっちへご案内いたしましょう」
正吉は、区長たちの案内で、ふたたび地下へ下りた。
地下といえば、正吉の地下鉄の中のかびくさいにおいを思い出す。鉄道線路《てつどうせんろ》の下に掘られてある横断《おうだん》用の地下道の、あのくらい陰気《いんき》な、そしてじめじめしたいやな気持を思い出す。また炭坑《たんこう》の中のむしあつさを思い出す。
だが、区長たちに案内されていった地下街は、まったく違っていた。陰気でもなく、じめじめなんかしておらず、すこしもかびくさくない。またむしあついことなんか、すこしもなかった。それからまた、いきがつまるようなこともなかった。
だから、まるで気もちのいい山の上の別荘《べっそう》の部屋にいるような気がし、また気もちのいい春か秋かのころ、街道《かいどう》を散歩しているようでもあった。
「それは、ですね。この地下街を建設するためには、あらゆる衛生上の注意がはらってあって私たちが気もちよく暮せるように、いろいろな施設《しせつ》が備《そな》わっているのです。たとえば空気は念入りに浄化《じょうか》され、有害なバイキンはすっかり殺されてから、この地下へ送りこまれます。また方々に浄化塔があって、中でもって空気をきれいにしています。ごらんなさい、むこうに美しい広告塔が見えましょう。あれなんか、空気|浄化器《じょうかき》の一つなんですよ」
「ああ、あれがそうなのですか。広告塔と空気浄化器と二役をやっているのですか」
十メートルくらいの高さの美しい広告塔だった。赤、青、紫、橙、黄などのあざやかな色でぬられ、そして、ぐるぐると回転している、目をうばうほどの美しい塔だった。
「それから湿度《しつど》は四十パーセント程度に保たれています。ですから、これまでの地下のようなじめじめした感じや、むしあつくて苦しいなどということもありません。また温度はいつも摂氏《せっし》二十度になっていますから、暑からず寒からずです。年がら年中そうなんですから、服も地下生活をしているかぎり、年がら年中同じ服でいいわけです」
「それはいいですね。衣料費《いりょうひ》がかからなくていいですね。昔は夏服、合服《あいふく》、冬服なんどと、いく組も持っていなければならなかったですからね。ちょうど布ぎれのないときでしたからぼくのお母さんは、それを揃えるのにずいぶん苦労しましたよ。――ああ、そういえば、ぼくのお母さんは……」
と、正吉は声をくもらせて、はなをすすった。
「どうしました、正吉さん」
と、大学病院長のサクラ女史が、うしろからやさしく正吉の顔をのぞきこんだ。
「ぼく……ぼく」
と正吉はいいよどんでいたが、やがて思い切っていった。
「ぼく、急にぼくのお母さんに会いたくなりました。ぼくがあの冷凍球《れいとうきゅう》の中にはいるとき、ぼくのお母さんは五十歳でした。ああ、それから三十年たってしまったのです。するとお母さんは今年八十歳になったはず。お母さんは日頃から弱かったんです。お母さんは、とても、今まで長生きしているはずはない。ぼく……ぼく……もうお母さんに会えないだろうな」
正吉少年のこのなげきは、たいへん気の毒であった。カニザワ氏とサクラ女史とカンノ博士の三人は、ひたいをあつめて何か相談していたが、やがてカニザワ区長が正吉にいった。
「もしもし、正吉君。われわれに、すこし心あたりがあるんです。うまくいくと、君のお母さんに会えるかもしれませんよ」
「えっ、ほんとですか。しかし母は、もう死んでいますよ」
「いや、そのことはやがて分りましょう。これから町を見物しながら、そちらへご案内してみましょう」
人工心臓《じんこうしんぞう》
正吉は、区長たちからなぐさめられて、すこし元気をとりもどした。
町を案内してもらったが、なるほどじつににぎやかであり、また清潔《せいけつ》であった。昔は、にぎやかな町ほど、砂ほこりが立ち、紙くずがとびまわり、路上にはきたないものがおちていたものだ。
しかし、この町はほこりは立たず、紙くずはなく、路面《ろめん》ははだしで歩いても足の裏がよごれないように見えた。
町は、天井《てんじょう》が高く、路面から三十メートルはあったろう。そして、その天井は青く澄んで、明るかった。まるで本ものの秋晴れの空が頭上にあるように思われた。
「あの天井には、太陽光線と同じ光を出す放電管《ほうでんかん》がとりつけてあるのです。その下に紺青色《こんじょういろ》の硝子《ガラス》板がはってあります。ですから、ここを歩いていると昔の銀ブラのときと同じ気分がするでしょう」
「ああ、あれはほんとうの空じゃなかったのですか――うん、そうだ。地面の中にもぐっていて、青空が見えるはずがない」
正吉は、うっかり思いまちがいしていたことに気がついて、顔があかくなった。しかし、それほどほんものの秋空に見えるのだった。
区長は、正吉を、りっぱな本屋につれこんだ。奥は住宅になっていた。いわゆるアパートメント式の住宅であった。そのうちの一軒の前に立った区長は、扉をこつこつと叩《たた》いた。すると中から返事があった。女の声だった。
「あっ、あの声は……」
扉が内にひらいた。家の中から顔を出した白髪頭《
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