とめた。誰も意見をいう者がない。
「ぼくたち探検隊員をおどかすために、こんなことをしたのではないでしょうか」
正吉少年がいった。そんな気がしたからである。
「おどかしのために……」
博士も他の隊員も、正吉のことばに、びくっ、としたようである。
「そうかもしれない。月世界にはいろいろ、とうとい物がある。われらマルモ探検隊だけに独占させてはならないと思って、われわれを競争相手と考えている者もいるでしょう。その連中が、われわれに対してけいこくをこころみたのかな。それにしても人骨をほうりこんで行くとは、なんというやばんなやり方だろう」
博士はそういってまゆをひそめた。
かすかな人名《じんめい》
正吉は、人骨《じんこつ》にもなれ、こわごわながら、そばへよって人骨をながめた。
「おや、ハンカチを持っているぞ、この人骨は……」
骨は白く、ハンカチーフも白いので、今まで気がつかなかったが、ばらばらの人骨の下に一枚のハンカチーフが落ちていたのだ。
この正吉の発見に、カンノ博士たちもおどろいてそばによった。そして博士は骨を横にのけて、ハンカチーフをひろいあげた。そしてひろげたり、裏がえしたりしていたが、
「あッ、ハンカチーフには、名前が書いてある。すみのあとがうすくなっているが、たしかにこれは名前だ」
と、おどろいた様子。
「なんという名前ですか」
「待ちたまえ。ええと、モウリクマヒコと書いてあるらしい」
「えっ、モウリクマヒコですって、ちょっとそのハンカチーフを見せて下さい」
そういったのは、正吉少年だった。
「さあ、よくごらんなさい」
正吉はハンカチーフを見て、顔色をかえた。
「あ、これはぼくのおじさんのハンカチーフです。毛利久方彦《もうりくまひこ》といって、理学博士なんです」
「ああ、あの毛利博士。私も知っていますよ」
とカンノ博士がいった。
「しかし博士は十四、五年前にどうしたわけか行方不明になったままで、その後|消息《しょうそく》を聞いたことはなかった、するともしや……」
博士の声がかすれた。
「すると、この人骨はおじさんの骨なんでしょうか。おじさんは、たしか探検に出かけたまま帰らないといっていましたがこの月世界へ来ていたんですね。しかしおじさんは、なんというなさけない姿になったものでしょう。おじさん、おじさん」
正吉は人骨のそばにひざまづいて、涙をぽろぽろと流した。
これには、他の人たちもげんしゅくな気持におそわれて、もらい泣きをした。
その中でカンノ博士はちらばった人骨をよせあつめ、頭蓋骨の骨片をハンカチーフの上にのせていたが、その手をとめて急に目をかがやかした。
「ちょっと、これはおかしいぞ」
「なにがおかしいのですか」
「この人骨はね、君のおじさんの毛利博士《もうりはかせ》ではないよ、安心したまえ」
「ええッ、どうして、そんなことが分るんですか」
正吉は、ふしぎに思って、聞きかえした。
「ちゃんと分るんだ。この人骨は現代の日本人の骨ではない。ずっと古い昔の人骨だ。それも百年前ではない。すくなくとも五万年ぐらい前の人骨だ。骨の形で、そう判定ができるんだ。五万年前の人骨、どうだね。君のおじさんの毛利博士の骨でないことは証明されたろう」
「ははあ、そうですか」
正吉をはじめ、聞いていた他の隊員も、ほっと、安心のため息をついた。
「すると、おじさんはまだ生きているのかな。おじさんのハンカチーフが月世界に落ちているとすれば、どこかこの近所におじさんがいるかもしれない」
正吉は、新しい希望をつかんだような気がした。しかしそれは同時に、新しい心配の種でもあった。
カンノ博士は、ほかのことを考えていた。
(なぞの人物は、なぜ五万年も前の古い人骨をもって来て、洞門の中に投げこんでいたのだろうか。それはどういう考えなんだろう)
なぞは、その外にもあった。五万年まえの人骨がどうして手にはいったのであろうか。それからそれへと考えていくと、ぶきみなおもいに、背中がぞーツと寒くなって来る。
カンノ博士は人骨問題はそれくらいにして、ルナビゥムを入れてあった倉庫をもう一度よく調べて、どこかに異常でもあるのではないか、それを発見したく思い、隊員たちに、奥へ行くことを命じた。
が、そのときであった。とつぜん、外に待たせてあった装甲車が発した警報が、カンノ博士たちのところへ届いた。
「なんの警報」
といぶかう折しも、警報信号が消えて、電波にのった運転手の声がひびいた。
「たいへんです。マルモ隊長など九台の装甲車が、トロイ谷のところで、かいぶつの一団にとりかこまれてしまって、危険におちいっているとの無電がはいりました。すぐこの装甲車へ帰って来て下さい」
運転手の声は不安にふるえていた。
正に一大事だ。ぐずぐずしてはいられない。カンノ博士は一同をひきいて、洞門の外へとび出した。外はまっ暗だった。黒いうるしでぬりつぶしたような暗黒の世界だ。急に夜のとびらが下りたものらしい。
さて探検隊の前途には何があるのか。その恐ろしき怪物の一団とは何物の群であろうか。
トロイ谷《だに》
話は、すこし前にもどる。
トロイ谷《だに》へ向ったのは、マルモ探検隊長のひきいる二十五名の隊員で、九台の装甲車にのっていた。けわしい岩山を、いくたびか上ったり下りたりして、隊員の幹部にはなじみの深いトロイ谷へついた。
一同はしっかりと空気服をしめ直し、地上へ下りた。車の中からは、採掘具《さいくつぐ》がとりだされ、めいめいの手に一つずつ渡った。これは圧搾空気《あっさくくうき》ハンマーに似た形をしていたが、原子力で動くものであるから、長い耐圧管《たいあつかん》もなければ、ボンベもなく、構造はずっとかんたんになっていた。
全く、原子力時代となった故《ゆえ》に、交通機関ばかりではなく、土木も建築も製造工業も、たいへん楽になってしまい、昔の人に聞かせたら、それはでたらめの夢だ、といって信じないであろうことが、今はごくかんたんにやりとげることができるのだ。
一同は、早い時間のうちに、必要なだけのルナビゥムを掘り出す必要があったから、マルモ隊長までが、その原子力ハンマーを操《あやつ》って、ルナビゥムを掘りにかかった。
さいわいに、この前掘った旧坑が、そのまま残っていて、ルナビゥム鉱は、青白く光っていたので、すぐに仕事にとりかかれた。全員は夢中になって働いた。
それがよくなかった。
こういう場合、やっぱり監視員を立たせておくのがよかったのだ。全員が掘っているため、彼らは自分たちの様子をうかがっている異様《いよう》ないでたちの一団がそば近くにいることに気がつかなかった。
その異様ないでたちの一団は、トロイ谷を見下ろす峰々から、そっとマルモ隊を見まもっていた。
彼らは、全身を甲虫のようなもので包んでいた。頭や両手、両足のあるところはマルモ隊の人々と同じであったがしかしそれは、マルモ隊員がつけている空気服みたいにすんなりとしたものでなく、わら人形のからだに鉄板《てっぱん》をうちつけたような感じのするものだった。そしてその鉄板は、横へ長いものが重なり合っていると見え、甲虫《かぶとむし》のからだのようであった。
その頭部は、しいの実のように、大部分は円筒形であるが、上は、しいの実のようにとがっていた。そしてまん中あたりに、目の穴ではないかと思われるものが二つあった。
それが目だとすると、狐《きつね》の目のようにつりあがっているといわなくてはならない。
そういう異様ないでたちの一団が、みんなでかれこれ四、五十名も、峰々から下をうかがっているのであった。太陽の光が、彼らの頭やからだの側面を、くっきりと照らし出していた。
とつぜんあたりが暗くなった。
太陽が没《ぼっ》したのである。そして夜が来たのだ。
月世界においては、空気がないために、地球上の日暮のように、じわじわ暗くなるようなことはなく、いきなり暗くなる。たそがれのうす明りなどというものはなく、いきなり闇がおとずれるのだ。
日の暮れるのを、異様な一団は待っていたようである。暮れると同時に、異人《いじん》の中から一人が立ち上った。と、彼のからだがほたるいか[#「ほたるいか」に傍点]のように光った。全身に、光の点々があちらこちらにあらわれ、それが明滅《めいめつ》する。
と、そのそばにいた他の異人が、またすっと立ち上って、全身をほたるいかのように光らせる。
間もなく、異様な一団の全部が、みんな自分のからだを気味わるく光斑《こうはん》で明滅させるようになった。
すると最初にからだを光らせた者が、急に光の明滅をとめた。そのかわり彼の首の下のところに、光の輪が出来た。それはもう明滅しない。彼は峰を越して、そろそろと下りはじめた。他の異人たちも、いつしか同じように、首の下だけに光の輪をこしらえ、頭目《とうもく》らしい者のあとについて斜面《しゃめん》を下っていった。彼らの動作は、いかついからだのわりに身がるに見えた。
一方、マルモ探検隊の方は、急に日が暮れたものだから、一同はそれぞれ空気兜《くうきかぶと》のひたいのところにつけてある電燈をつけた。これがつくと、すぐ正面にあるものには光があたって、明るく見える。
それから、九台の装甲車のヘッドライトを全部つけて、ルナビゥムの野天掘《のてんぼ》りの坑区を照らさせた。そして仕事をすすめたのであった。そこへとつぜん、どどどどとすごい地ひびきをさせてあらわれた異人の群だ。口もきかずに探検隊員めがけて組みついた。
「あッ何者だ」
「なにをするッ。あ、隊長。あやしい奴です」
「らんぼうするな、しかたがない。隊員はこっちへ固《かた》まれ。そしてらんぼうする相手に反抗しろ」
マルモ隊長は、ついに争闘《そうとう》を命令した。
このらんぼうなる異人の一団は、何者であろうか。
大暗闘《だいあんとう》
なにしろその異人《いじん》たちはなかなか力があって、マルモ探検隊員は圧迫されがちであった。その上に人数も相手の方が倍ぐらい多いのである。形勢はよくない。
隊員たちは武器を持っていないわけでなかった。だがマルモ隊長は、それを使うことを命じなかった。隊長としては、出来るだけ平和的手段でもって事をかたづけたかったからである。だが、困ったことに、相手とはことばが通じない。電波を出して、
「もしもし、君たち、らんぼうは、よしたまえ。話があるなら聞きますよ」
と呼びかけても、相手はさっぱり感じないのであった。
その上、相手は力がある。マルモ隊長は、隊員を一つところにあつめて円陣《えんじん》をつくり、まわりからおどりかかって来る相手めがけて、そのへんにころがっている大きな岩石をなげつけさせた。そうして相手を近づけないようにするためだった。
月世界の上では、同じ大きさに見える岩石《がんせき》でも、地球の上で感ずる重さの六分の一にしか感じない。だから大きな岩石を隊員はかるがると持ちあげて遠くまでなげとばすことが出来た。
ところが異人たちは、それには閉口《へいこう》せず、遠まきにして目を光らかせ、すきをみては、とびこんで来た。岩石をなげつけられても、けがをして血を出すようでもなかった。
「ははあ、こっちが疲れるのを待っているのだな」
マルモ隊長は、そう気がついて、どきんとした。なにしろ相手は、ますます活発《かっぱつ》にあばれてみせるのだった。
そのうちに、相手の一部が、場所をかえて、装甲車の方へ近づいていった。
「あ、装甲車をうばわれては、たいへん」
マルモ隊長はおどろいて、隊員の半分をさいて装甲車の方へ急行させた。
その人たちは、装甲車の中にはいって、それを運転して走りだした。すると異人たちは、それを追いかけた。平地なら装甲車はどんどん走れるが、ここはトロイ谷《だに》である。道はでこぼこしている上、どっちへ走ってもすぐ崖《がけ》につきあたりそうになる。そうなるとスピードが出せない、いつの間にか装甲車の上に異人たちが三
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