なるほど、通信員が、レーダーの電波の反射を見ている。
「あ、一つ来ますよ。すぐ近くまで落ちて来ています」
と、その通信員がいった。
そのことばが終るか終らないうちに、正吉は思いがけないものを見た。目の前の山の頂きが、とつぜんぱっと赤く光ったのである。
「あッ、隕石が山にぶつかった」
カンノ博士の声。正吉は息をのんだ。
隕石のぶつかった山頭から雪崩のように隕石が崩《くず》れ落ちるのが見えた。どれが隕石やら、月山のかけらやら見分けがつかない。
「まあ、よかった。ここへ落ちて来なくてよかった」
カンノ博士は吐息《といき》をした。
通信員がレーダー観測の結果を知らせて来た。
「隕石はもう見あたりません」
もう大丈夫だ。カンノ博士はマルモ隊長にそれを報告した。
「作業班、出発用意」
作業班の人々は、急いで空気服をつける。カンノ博士もマルモ隊長も、空気服をつけた。正吉少年もつけた。キンちゃんが正吉のそばへ来て笑う。
「人間がイカに化けたようだなあ。銀色の大イカだ。月の怪物があんたを見つけたら、これはごちそうさまといって、手足をむしって、ぱくぱくたべてしまうぜ。こわい」
正吉はふんがいして、両手をキンちゃんの胴中《どうなか》へまわして、ぎゅうとしめつけた。
「あいたたたた」
キンちゃんは、大げさに顔をしかめて、悲鳴をあげた。
「わる口をいうと、おみやげを持ってかえってやらないよ」
「えッ、お土産。ああ、そうか。坊や、いい子だからお土産うんと持って来てくんなよ。ウサギの子でもいいし、ウサギがついた餅でもいいからね」
月の中にウサギが住んでいると思っている、キンちゃんだった。
装甲車の戸があいた。マルモ隊長とカンノ博士のあとについて正吉は外に出た。
はじめて月の表面に足をおろして歩くのであった。変な気持だった。身体がいやにかるく、今にもふわッと浮きあがりそうであった。そうでもあろう。ここでは重力が、地球の場合の六分の一なのだ。物の重さが六分の一に減ったように感じるのだ。
徒歩の一行は十名ぐらいだった。
そのあとへ六台の装甲車がついてくる。あと三台は、さっきのところに待っている。その中に正吉の乗っていた一号車もあった。
一行は、山のすそを左の方へぐるっとまわっていった。よく見ると、道がついていた。かたい岩がけずられて、道跡になっている。その上に黒ずんだ三センチほどの厚さでたまっている。
もちろん草も生えていなければ、虫が鳴いているわけでもない。自分の足音さえ聞えないのだ。
ぐるっと山のふもとをまわりこむと、目の前に洞門《どうもん》があらわれた。
「ああ、あんなものがある」
正吉はびっくりした。洞門の中から、がんじょうな鉄の扉も見える。月の世界にそんな建造物があろうとは思わなかった。
そばへ近づくと、ますますおどろきは大きくなった。鉄の扉には、日本文字が、うす彫《ぼ》りで並んでいた。「新につぽん探検隊月世界倉庫第九号」
こんなところに、探検隊の倉庫があったのか。いったい中には、何がはいっているのであろうか。
「おや、これはおかしいぞ。門の扉がこわれている。どうしたんだろう」
カンノ博士の声が、電波にのって、正吉の受話器にもひびいた。なるほど、扉の下が大きくひんまげられて、犬くぐりよりもやや大きい三角形の穴があいている。一同はそばへ走りよったが、またつづいてカンノ博士の声。
「おや扉の中に、白骨死体《はっこつしたい》がある。誰だろう。こんなところで死んでいる人間は……」
消《き》えうせた燃料《ねんりょう》
なぞの人骨はそのままにしておいて、急ぐ方の仕事にとりかかった。
鉄扉へ、装甲車の中にある発電機から、電気が通じられると、洞門の扉はぎいぎいと上へまきとられて、入口はあいた。
四台の装甲車は、その中へはいっていった。カコ技師が若い技術員をさしずして、発電室で電気を起させた。間もなく内部には、あかるく電燈がついた。そして洞穴《どうけつ》利用の倉庫がどんなものか、はっきり見えた。
正吉少年は、さっきから空気服に身をかため、カコ技師のうしろについて、あっちへ行ったり、こっちへ来たりしていたが、電燈がぱっとついたときに、「おお」とおどろきの声をあげた。
じつに大仕掛の倉庫であった。まるで地底の大工場へ行ったような気がする。各種のエンジンの予備品が、数も知れないほどたくさん、ずらりと並んでいた。その部品も、番号札をつけて、棚《たな》という棚をうずめつくしている。
「ねえ、カコさん。なぜこんなに、たくさんの機械るいをたくわえておくのですか」
正吉少年はたずねた。もちろん電波を使っての会話だ。
「それはね、宇宙探検の途中で、ロケットがこわれることがよくある。そのとき地球までひっかえすことができない場合もある。だから月の世界に、修理材料や、とりかえ用のエンジンなどをたくわえておけば、地球まではもどれない故障ロケットも月世界に不時着して、故障をなおすことができる。それでわれらの探検隊は、ここに倉庫をおいてあるのだ。ここだけじゃない、月世界には、みんなで十五箇所に倉庫を持っている」
カコ技師は、そういって正吉に説明をした。なるほど、もっともなことだ。火星へ行き、また金星へとぶようなとき、この世界の月倉庫は、たいへん重大な役割をするわけである。これほどの行きとどいた注意と、用意がなければ、宇宙探検などという壮挙《そうきょ》は成功しないのだ。なんでもいいから、ロケットは宇宙探検に成功するというわけではないのだ。
「すると、わがマルモ探検隊の乗っているロケットも、ここで故障が起ったんですか」
「いや、故障ではない。われわれの場合は、燃料の一種とするための鉱物を、この倉庫においてあるので、それを取りに来たのだ」
「やっぱりウラニゥムみたいなものですか」
「まあ、そうだね」
「地球を出るときにつんで行けばよかったのに、どうしてそうしないのですか」
「地球には、そのルナビゥムという貴重な鉱物がすくないのだ。この月の中には、かなりうずもれていると思われる」
ルナビゥムとカコ技師は、正吉のまだ耳にしたことのない鉱物の名をいった。
ルナビゥムについて、正吉はもっと話を聞きたいと思ったが、そこへ四台の装甲車がしずしずとはいって来て、カコ技師がたいへん忙しくなったので、もう話しかけられなくなった。
カコ技師は、次の部屋へ通ずるげんじゅうな扉を、一つ一つ開いていった。倉庫は奥の方までかなりたくさんの部屋がつながっているようであった。
ほりだしたルナビゥムを貯蔵してある部屋は、一番奥の部屋であった。その部屋へ通ずる扉をカコ技師が開いて、中をのぞきこんだとき、彼は電気にかかったように、からだをふるわせた。
「おやッ、これはへんだぞ」
彼がおどろいて棒立《ぼうだ》ちになっているところへ隊長のマルモ・ケンやカンノ博士などがはいって来た。
「ほう。これはどうしたのかな」
「ルナビゥムがないじゃありませんか。この前、あれだけ集めて、この部屋にいれておいたのに……」
隊長とカンノ博士もびっくりぎょうてんした。カコ技師はそのことを誰より先に気がついて棒立ちになっていたわけだ。
「これは一体どうしたというのでしょう」
「困ったね。ルナビゥムがないと、探検をこれから先へ進めることができない」
「誰がぬすんでいったのでしょう」
「この部屋から盗むことは、まず不可能なんですがね」
「そうかもしれんが、山ほどつんであったルナビゥムが見えないんだから、ぬすまれたに違いなかろう」
「これはどうもゆだんがなりませんよ。さっきの人骨のことといい、洞内の扉がひん曲っていたことといい、今またこの部屋からルナビゥムがぬすまれていることといい、これはたしかにみんな関係のあることなんですよ」
カンノ博士は、探偵のようなことを口走った。
そのうしろについて、この場の様子を見入っていた正吉にも、これは重大事件であることがよく分った。
(月世界にもやっぱり、どろぼう[#「どろぼう」に傍点]やごうとう[#「ごうとう」に傍点]がいるのかなあ?)
正吉はそう思ってため息をついたが、そのどろぼう[#「どろぼう」に傍点]やごうとう[#「ごうとう」に傍点]よりも、もっとすごい者がこの月世界にいて、この場を荒したことを知ったら、そんな軽いため息だけではすむまい。
鉱脈《こうみゃく》へ前進
さあ、ルナビゥムがぬすまれた今、どうしたら一番いいであろうか。
そのことについて隊長は、幹部の人たちを集めて、その場で協議した。
「たいへんな仕事になりますが、ルナビゥムの鉱脈《こうみゃく》のあるところへ行って、もう一ぺん掘るんですなあ。なにしろルナビゥムがなくては、どうすることも出来ませんよ」
「その仕事は、なかなかこんなんだ。それに日数が相当かかるかもしれん。あまり日数がかかることは困る。こんどの探検は、残念だけれど一時中止として、地球へ引返すことにしたらどうでしょう」
隊長は、この二つの案を聞いていて、どっちも正しいと思った。どっちになるか、それを決定することはむずかしい。
「待って下さい」
とカンノ博士がいった。
「私は、それを決める前に、この事件の真相を調べるのがいいと思いますね。誰がそれをしたか、何のためにしたか、そして倉庫からぬすまれたルナビゥムは今どこにあるか。そういう事柄《ことがら》が分ったら、われわれが今の場合どうすればいいかということが、自然に分るでしょう」
「なるほど、もっともなことだ。しかしカンノ君。事件を調べるのにどの位の日数がいるだろうか。それが問題だ」
「それはやって見なければ分りませんが、私にこれから四時間をあたえて下さい。出来るだけのことをさぐってみます。装甲車を一台と四、五人を私にかしておいて下さい。そしてその間に他の装甲車でもって、ルナビゥムを掘りに行って下さい。私は四時間あとにそこへ追いつきますから……」
カンノ博士は、つつましく、そういった。しかし博士は自信をもっているらしかった。
「では、そうしよう。人選をしたまえ、カンノ君」
隊長が許した。
「ぼくを、その一人に採用して、ここへ残していって下さい」
正吉は、まっさきに名乗りをあげた。
「なんだ、少年がここに残りたいのか。よろしい。正吉君は員数外だ。希望なら残ってよろしい」
マルモ隊長は笑いながら、正吉の希望をいれた。
カンノ博士は、そこで五人の人選をした。カコ技師の外は、大した腕のある者はいなかった。
それが決って、隊長以下は三台の装甲車に乗り、いそいでこの倉庫第九号から出ていった。あとはカンノ博士ほか六名が残った。
「われわれは一時、探偵になったわけです。しっかり頭をはたらかせて、なぞを早くといて下さい。まず人骨の方から調べにかかりましょう」
博士は倉庫の入口の方へ歩きだした。六名の者は、そのあとに従った。人骨はさっきのとおり洞門のそばに横たわっていた。風化《ふうか》して、ばらばらになっていた。しかし骨片の位置とその数からして、一人の人間の骨であることが誰にもよく分った。
「ねえ諸君。こういうことを、おかしいと思いませんか」
とカンノ博士がすいり[#「すいり」に傍点]の糸口をほどきはじめた。
「この人骨は空気服もなんにも着ていないです。すると、行き倒れになった他の探検隊員だとは考えられないです。もしそうなら空気服ぐらいは、ちゃんとからだにつけているはずですからね」
「なるほど」
他の隊員もあいづちをうった。
「するとこの人骨の主は、自分でこの洞門《どうもん》の扉をやぶり、中へはいってこの位置でぜつめいしたとは思われません。つまり何者かが、この人骨の主の死体をこの中へ投げこんでいったとしか考えられないのです。そうは思いませんか」
「いや、それにちがいないと思います。博士のすいりは、なかなかするどいですね」
「すると、何者がこんなことをしたか、扉をあのように曲げることも、ふつうの人力《じんりょく》ではできません」
博士がことばを
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