ためにわれわれは危害《きがい》を加えられるかもしれない。悪くすればわれわれは宇宙を墓場《はかば》として、永い眠りにつかなければならないかもしれない。つまり、火星人のため殺されて死ぬかもしれないんだが、これはいやだろう。見あわすかい」
「いや、行きます。どうしても連れてって下さい。たとえそのときは死んで冷たい死骸《しがい》になっても、あとから救助隊がロケットか何かに乗って来てくれ、ぼくたちを生きかえらせてくれますよ。心配はいらないです」
「おやおや、君はどこでそんな知識を自分のものにしたのかね。たぶん知らないと思っていったのだが……」
カンノ博士は小首をかしげる。
「先生は忘れっぽいですね。この間、大学の大講堂で講演なさったじゃないですか。――今日|外科《げか》は大進歩をとげ、人体を縫合《ぬいあわ》せ、神経をつなぎ、そのあとで高圧電気を、ごく短い時間、パチパチッと人体にかけることによって、百人中九十五人まで生き返らせることが出来る。この生返り率は、これからの研究によって、さらによくなるであろう、そこで自分として、ぜひやってみたい研究は、地球の極地に近い地方において土葬《どそう》または氷に閉《とざ》されて葬られている死体を掘りだし、これら死人の身体を適当に縫合わして、電撃生返り手術を施《ほどこ》してみることである。すると、おそらく相当の数の生返り人が出来るであろう。中には紀元前何万年の人間もいるであろうから、彼らにいろいろ質問することによって、大昔のことがいろいろと分るであろう。そんなことを、先生は講演せられたでしょう」
「ハハン。君はあれをきいていたのか」
「きいていましたとも、だから、もう今の世の中では、死んでも死にっ放しということは、ほとんどないことで、死ぬぞ、死んだらたいへんだ、なんて心配しないでよいのだと、先生の講演でぼくは分ってしまったんです。ですから連れてって下さい」
「よろしい。連れていってあげる」
「ウワァ、うれしい」
正吉はよろこんで、カンノ博士にとびついた。
新月号《しんげつこう》離陸
やっぱり東京の空港から、探検隊のロケット艇は出発した。
艇の名前は、「新月号」という。
新月号は、あまり類のないロケットだ。艇《てい》の主要部は、球形《きゅうけい》をしている。
その外につばのようなものが、球の赤道にあたるところにはまっている。そしてこれはどこか風車か、タービンの羽根ににている。
空気のあるところをとぶときは、このつばの羽根が、はじめ水平にまわり、離陸したあとは、すこしずつ縦《たて》の方へ傾《かたむ》いていって、斜《なな》めに空を切ってあがる、なかなかおもしろい飛び方をする。
そして、もう空気がほとんどないところへ来ると、このつばの羽根が、球から離れる。
そのあとは球《きゅう》だけとなる。この球がロケットとして、六個の穴からガスをふきだして、空気のない空間を、どんどん速度をあげて進んでいくのだ。
球形の外郭《がいかく》には、たくさんの窓があいている、もちろん穴はあいていない。厚い透明体の板がこの窓にはまっている。そしてこの窓は暗黒の中に美しい星がおびただしく輝いている大宇宙をのぞくために使う。
新月号のこの球の直径は、約七十メートルある。だから両国の国技館のまわりに、でっかい円坂をつけたようにも見える。
この新月号は、ただひとりで宇宙の旅をすることになっていた。
こういう形のロケットは、今まであまり見受けなかったことで、あぶながる人もいた。学者の中でも、疑問をもっている人があんがい少なくなかった。
しかし、この新月号の設計者である、カコ技師は、安全なことについては、他のどのロケットにもまけないといっていた。そして、それを証明するために、自分も機関長として、新月号に乗組み、この探検に加わることとなった。
それでは、新月号の艇長は、いったい誰であろうか。これこそ宇宙旅行十九回という輝かしい記録をもつ有名な探検家マルモ・ケン氏であった。カンノ博士は、観測団長だった。
スミレ女史が通信局長であった。女史は、正吉を冷凍から助けだしてくれた登山者中の一人であった。
こうして新月号に乗組んだ者は、正吉をいれて総員四十一名となった。
「はじめて宇宙旅行をする者は、地球出発後七日間は、窓の外を見ることを許さない」
こういう命令を、マルモ艇長《ていちょう》は、出発の前に出した。
「なぜ、あんな命令を出したんだろう」
と、正吉はおもしろくなかった。飛行機に乗って離陸するときでさえ、たいへん気持がいい。ましてや、このふう[#「ふう」に傍点]がわりの最新式ロケット艇の新月号で離陸せるときは、さぞ壮観《そうかん》であろう。だからぜひ見たい。
また高度がだんだん高くなって、太平洋と太西洋
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