みの三角形のテーブルを二つ並べ合わせてあったのが転って二つに割れたように見えたのだということを知る余裕もなく、飛ぶように喫茶店を出ると一直線に家へかえりました。そして自分の机の前に身体を抛《な》げ出すと共に、此のあさましい試みが生んだ惨劇《さんげき》の中に、間接ながらとりもなおさず殺人者である自分を見出して、はげしい自責《じせき》と恐怖とに身を震わせました。
 それから時計は徐《しず》かに廻りました。夕方に配達された夕刊には「カッフェで大往生」と題して「細田弓之助(33)が喫茶店『黒猫』で頓死したが、原因は病《や》み上《あが》りの身で余り激しく駈け出した為、心臓|麻痺《まひ》を起したものらしい」とあったのです。私は懊悩《おうのう》のたえ切れない苦しさを少しでも軽くしようと冀《ねが》って、昼間出掛けようと思った先輩の須永助教授のところを訪い、一切を告白して適当な処置を教えて貰おうと決心しました。
 外へ出てみますと其の日の惨劇を忘れたような静かな夜《よ》の幕《とばり》はふかぶかと降りていました。例の喫茶店さえ、どこに死人《しにん》があったかというような賑《にぎや》かさで、陽気な若い男の笑い声が高く大きく街路へまで響いていました。私は少しは気が軽くなって、其の前をすり抜けるように通り過ぎて、駅に出ました。
 染井の須永先生の書斎に通されたのは、もう九時を廻っていたのでした。私は早速三角形恐怖の試験をはじめるイキサツから今日の惨劇を見るに至るまでの事を緊張裡《きんちょうり》に細々と告白しました。須永先生は短い口髯を指尖《ゆびさき》でもみながら静かに傾聴《けいちょう》されましたが、私の言葉が終ると、低い声で軽々《かろがろ》と笑って、
「君は此頃ちと神経衰弱のようだよ。若い身空《みそら》で、そんな小さいことをくよくよ心配していると、君の姉さんのような病気に乗ぜられるかも知れないよ。日本全電力を火山を利用する火力発電に悉く改めてしまおうという大計画を抱いていた日頃の君とも思えないじゃないか。そんなことは心配する必要はちっともないよ」
 と言って呉れました。私は常日頃尊敬する須永先生からこの軽々とした評言を聞くことが出来て喜んだのは当然です。それでも多少の悔恨を持って家に帰りました。いやまだ少し話の先があるのですよ。
 其の翌日《あくるひ》のことでした。差出し人の書いてない手紙が
前へ 次へ
全14ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング