ね、ちょっと開けて下さい」
警官の奴、気を苛々《いらいら》しているぞ。何といっても開けるものか。そしてこの間に、すっかり溶かしてしまわなくちゃ。
「だが、殺さなくてもよかったものを」と私はまた後悔の復習をした。
「殺したばっかりに、こんな一所懸命に器械の真似をせにゃならぬ。その上に苦《に》が手の警官までに顔を合わせねばならないじゃないか。何という損なことを私はやってしまったのだろう!」
そのとき入口がパッと左右に開いた。予想のとおり警官の姿が現れた。とうとう入って来たのだ。合鍵で開けたのに違いない。
警官は私の傍に近づくと、無言の儘《まま》、液体を覗きこんだ。
私はウンウン呻《うな》りながら夢中になって白い液体を掻き廻わした。
警官は何にも言わない。何も言わぬだけ、私の心臓は警官の掌《て》のうちに握られているように無気味だった。液体を掻きまわしている腕が気のせいか、何となく利かなくなるようだ。
液面に触れんばかりに顔を近づけていた警官がウムと呻った。私はドキンとした。なんだかチラリと赤いものが、液の中からみえたように思った。だがよくよく見ると、矢張り白い液体が渦を巻いているだけだ。私は平気を装った。
だがその努力は間もなく空しくなってしまった。例の赤い塊《かたまり》が、チョロチョロと液面に浮き上って来たのだった。私は慌《あわ》てて力を入れると急速に掻き廻わした。すると意地悪く、強く掻き廻わせば掻き廻わすほど、ポクリポクリと赤い塊が数を増して浮き上ってきた。私は恐怖に真青になって、液体を掻き廻わした。すると今度は、両腕が全く動かなくなってしまった。警官が私の腕をシッカリ抑えてしまったのだった。万事休す!。
「私は女房を殺すつもりは無かったのです。嘘は云いません。本当なのです。私はよくそれを知っています」
私はポロポロ泪《なみだ》を流しながら、警官に訴えた。桶の中には白い液体が生き物であるかのように独りで渦を巻いている。しかしその液体には今や明《あか》ら様《さま》に大きい赤い塊――それは女房の肉塊だった――がポッカリと浮かんでいた。執念ぶかい肉塊だった。恐ろしさの余り、急に眼がクラクラッとした。そして意気地なくもその場に仆れてしまった。しかし尚《なお》も私は叫びつづけた。
* * *
「私は女房を殺す気はなかったのです」
「女房を殺す気
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