、毎日のように会議をかさねた。部屋をもたない者はないわけではなかったが、気心《きごころ》もわからない人たちがはいって来て、同じ屋根の下に住むということを考えると、つい心がすすまなくなるのだった。
しかし「部屋なし」と報告することはできないので、みんなしぶい顔をして、ため息をつくばかりだった。
「どうだね、あの時計屋敷を手入れして、あれへ戦災者《せんさいしゃ》をむかえたら、どうだろう」
そういった者があった。
「いや、それはだめだ、そんなことは出来ることじゃあねえ」
「あの屋敷のことはいわないことだ、とんだ災難が、村の衆の頭の上にかかってくるだ」と、まっこうから反対の声をあげた者は、昔から代々この村に住んでいる人たちだった。その声には、あきらかに恐怖のひびきがあった。
だが、それと意見の違った者もいた。
「はははは、時計屋敷の怪談かね。三年前にも、幽霊が窓から顔を出していたのを見たという話も聞いたが、今どき、そんなばかばかしいことがあってたまるか。第一によ、県から役人がきて、あの建物はなんだ、空いているようだねと聞かれたときは、どういって返事をするね、いえ、あれは幽霊屋敷でございまして、人間が住めませんでございますなんて、そんなばかくさい返事がぶてるものか、ぶてないものか考えてみりゃ分る」
「北岸さんの意見に、僕も賛成だね。幽霊屋敷だとか、お化けのうなる声がしただのというばかげた話は、まじめになって出来ないですからね。あちらの人に聞かれても、日本人はなんという科学性の低い国民だろうと、けいべつされるばかりだ。だから、これからみんなであの屋敷へいって窓をひらき、掃除をし、そしてどこを修繕《しゅうぜん》すると住めるか、それもしらべて県へ報告しようじゃないですか、そうすれば、あの屋敷一軒だけで、県からこの村へ割当てしてきた部屋の広さは十分にあると思う」
北岸に賛成したのは吉見だった。この二人に賛成する者が、外にも五六人あった。それらの人たちは、いずれも明治維新ごろからこの土地に住んでいた家の子孫ではなく、近年この村に住むようになった人たちであった。もっとも、そういう人たちの中にも、時計屋敷には手をつけるなという旧家の連中の方に賛成する人たちもあった。
この会議は、なお二日ばかりつづいたが、結局は北岸や吉見の説が採用され、それにもとづいて時計屋敷の大掃除が行われるこ
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