うほこう》の中へ投げこまれたものが六百何十とやらにのぼったという。まことに人騒がせなことをやったものである。
 しからば、柱時計を持っていない連中は、さぞ悠々自適《ゆうゆうじてき》したであろうと思うであろうが、そうでもなかった。なるほど、当該《とうがい》の彼および彼女は柱時計なぞを持っていないから、自分の家または居間については安心していられるが、もし隣家《となり》に、この恐るべき古い柱時計があるとしたらどうであろう。またアパートに住んでいるとして、階上《うえ》又は階下《した》の部屋に、この恐るべき柱時計めが懸っていたとしたならどうであろう。どっちの場合も、人様《ひとさま》のおかげをもって、どえらい傍杖的《そばづえてき》被害を喰《くら》う虞《おそ》れが十分に看取《かんしゅ》されたものだから、どうして落付いていられようか。やっぱり、椅子と共に半転《はんころ》がりとなって、近いところから始めて、近隣《ちかま》の間《ま》にのこらず侵入しては、頸《くび》の痛くなるまで柱時計を探して廻ったことであった。だから、租界中が、この柱時計のことだけでも、どんなに名状《めいじょう》すべからざる混乱に陥《おち
前へ 次へ
全25ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング