は一大事でございますなあ。もう電報を出しても間に合いませんでございましょうな」
「今からでは電報はもう……」といいかけて何かを思い出したという風にしばらく口を閉じて、頭を傾《かたむ》け「ああそうだ。思い出したぞ。あのドルセット侯爵夫人は、今はこの世に居ないぞ」
「えっ、侯爵夫人は亡くなられたのでございますか。するとかの時限爆弾が早期《そうき》に爆裂《ばくれつ》いたしまして……」
「ちがうよ。爆弾の時限性については、あくまで正確なることを保証する。侯爵夫人は爆死せられたのではなく、アフリカ探検中、蟒に呑まれてしまって、悲惨《ひさん》な最期《さいご》を遂《と》げられたのじゃ」
「あれっ、蟒に呑まれて……」
 秘書は、ぎょっとして、金博士の皿にのっている燻製の胴切《どうぎ》り蟒に目を走らせた。肉は、まだほんのちょっぴり博士の口に入ったばかりであったが、その切り取った腹腔《ふっこう》のところから、なにやら異様に燦然《さんぜん》たる黄金色《おうごんしょく》のものが光ってみえるではないか。それを見た瞬間、秘書は蟒が腹の中に金の入れ歯をしているのかと思ったが、次の瞬間、彼の脳髄の中に電光の如きものが一閃《いっせん》して、途端に驚天動地的真相《きょうてんどうちてきしんそう》を悟《さと》った。そこで彼は、きゃっと一声、悲鳴をそこに残すと、気が変になったように室外に飛び出し、階段を三段ずつ一ぺんに駈けあがりつつ一|米《メートル》でも遠くへ遁《の》がれようと努力した。
「なんじゃ、秘書のやつ、急に周章《あわ》てくさって……」
 といいながら、博士が蟒の肉にフォークをぐさりと立てると、肉の間からにゅっと黄金のコンパクトが滑《すべ》り出した。しかもその表には、KDと、あきらかにドルセット侯爵夫人の頭文字《かしらもじ》がうってあるのさえ見えた。その刹那《せつな》、博士の顔が絶望に木枯《こがらし》の中の破れ堤灯《ちょうちん》のように歪《ゆが》んだ。……
 秘書が階段の途中で大爆音《だいばくおん》を耳にしたのは、実にその次の瞬間のことであった。ああ偉大なる発明王金博士も、因果《いんが》はめぐる小車《おぐるま》のそれで、自ら仕掛けた長期性時限爆弾の炸裂のために、ついに一命を喪《うしな》ったのではないかと思うのであるが、果してそうであろうか、どうじゃろうか。



底本:「海野十三全集 第10巻 宇宙
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