博士は、電話をかけながら、ごくりと生唾《なまつば》をのみこんだ。


     5


 それから一時間ばかりして、待望の蟒《うわばみ》の燻製《くんせい》が、金博士の地下邸《ちかてい》へ届けられた。
 秘書が、そのことを博士に知らせにやってきた。
「うふふん。お前の知らせを待つまでもなく燻製をもってきたことは、ちゃんと知っておるわい。それよりも、早く卓子《テーブル》のうえに皿やフォークを出して、すぐ喰べられるようにしてくれ。ぐずぐずしていると、おれは気が変になりそうじゃからのう」
 博士が燻製にあこがれること、実に、旱天《かんてん》が慈雨《じう》を待つの想いであった。秘書は、びっくりして、引込《ひっこ》んだ。
「とうとうありついたぞ、燻製に! 燻製の蟒――蟒は、ちょっと膚《はだ》が合わないような気もするが、しかし喰ってみれば、案外うまいものかもしれない。そうだ。時局柄《じきょくがら》、贅沢《ぜいたく》はいわないことじゃ。それにしても、あの秘書め、何をぐずぐずしているのじゃろう」
 カーテンの向うから、秘書の咳《せ》き払《ばら》いが聞えた。
「おほん、食事の御用意が整《ととの》いましてございます」
「おお、待ちかねた。今、そこへ行くぞ」
 食事の用意が出来たと聞いた途端《とたん》に、博士はまるで条件反射の実験台の犬のように、どうと口中に湧《わ》き出《い》でた唾液《だえき》を持てあましながら、半《なか》ば夢中になって隣室へ駆け込んだ。
「いやあ、これは偉大だなあ!」
 卓子《テーブル》に並べられた大皿を見て、博士はまず驚嘆《きょうたん》の声を放った。そうでもあろう。胴のまわり一|米《メートル》三、厚さ十|糎《センチ》というでかい蟒の胴を輪切りにした燻製が、常例《じょうれい》ビフテキに使っていた特大皿から、はみ出しそうになっているのである。
 博士は、椅子にかけるのも待ち遠しく、ナイフとフォークとを取り上げて皿の中をのぞきこみながら、
「うふふん。どうもこの燻製の肉の色がすこし気に入らぬわい。こんなに黝《くす》んでいるやつは、肉が硬くていかん。こいつはきっと、煙っぽくて、喰っている間に、咽喉加答児《いんこうカタル》を起こすかもしれんぞ」
 こと燻製ものについては、博士は仲々くわしいのであった。
 ちゃりんちゃりんナイフを磨《と》ぐ音がした。博士はナイフをひらめかして
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