に尻尾ぐらいは残っていそうなものだ」
博士は生唾《なまつば》をごくりと呑みこみながら、秘書を呼んで冷蔵庫を探させた。
「先生、尻尾どころか、鱗《うろこ》さえ残っていません。絶望です」
「ふーん、そうかね。ふふーん」
博士の失望落胆《しつぼうらくたん》は大きかった。博士は、大きな頭を、しばらくぐらぐら動かして考えていたが、
「おい、秘書よ。劉洋行《りゅうようこう》へ電話をかけてみい。あそこなら、すこしは在庫品《ざいこひん》があるかもしれん」
「先生、外部への電話は、一切かけてはならないという先生の御命令でしたが、今日はかけてもいいのですか」
かねがね電話使用を禁じたのは、例の時限爆弾のことで、博士に面会しようという輩《やから》に乗《じょう》ぜられるのを恐れてのことであった。しかしながら、こうして燻製を想い出した今となっては、もはやそんなことをいっていられない。幸いにも、人の噂も七十五日という、そこまでは経っていないが、あれからもう三週間もすぎていることゆえ、多分もう大丈夫だろうという予想もあって、博士は遂《つい》に電話を外へかけさせたのである。
劉洋行の店の者が、電話口に出て来た。
「はいはい、毎度ありがとうござい。こちは劉洋行でございます」
「おお、劉洋行かね。おれは金博士じゃが、なんとかして燻製ものを頒《わ》けてくれ。お金《かね》に糸目はつけんからのう」
「え、燻製ものでございますか。お生憎《あいにく》さまでございます。ちょっとこのところ、鮭も鱈《たら》も何もかも切らしておりまする」
「しかし、冷蔵庫の中とか、後とかを探してみたまえ。棚《たな》のものを全部|下《お》ろしてみたまえ。燻製ものの一尾《いっぴき》や半尾《はんびき》ぐらいはありそうなものじゃ。とにかく金に糸目はつけん。君にもしっかりチップを弾《はず》むよ」
「さあ、弱りましたな。ちょっとお待ち下さい、……ところで金博士。一体、十五年先というような長期性時限爆弾は、何の効果があるのですか」
「おや君は、いやに変な声を出すじゃないか。とにかく時限爆弾などというようなものは、長期のものほど効果が大きいのじゃ。たとえば一塊《いっかい》の煉瓦《れんが》じゃ。新しい煉瓦が路に落ちていれば目につくが、その煉瓦が、建物に使われて居り、既に十五年も経って苔《こけ》むして古ぼけているとすると、誰がそれを時限爆弾たるこ
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