そういう私の気持が、すぐヤナツに通じたと見え、彼は私に、進化論を提《ひっさ》げて議論を吹きかけて来た。その議論は一種奇妙なものであったが、私はだんだん言い負かされて、旗色が悪くなった。そしてヤナツが主張するように類人猿から猿人、猿人から人類、その次に人類から高等人類すなわちヤナツなどの微小人間の擡頭《たいとう》することを認めないわけにはいかなくなった。ヤナツは、灰色の丸い顔を輝かして、満足そうに笑った。
「われわれの同族が、この先に集っているから、君をそこへ案内したい。来ませんか」
 と、ヤナツは誘った。
 私はそれに従った。恐ろしくもあるが、そういう次の時代を待機している連中の様子をぜひ見たい気もあった。
 ヤナツについていってみると、なるほど微小人間が四五百人も集っている洞穴《どうけつ》があった。彼等は私を見懸《みか》けて別にさわぐでもなかった。むしろ憐憫《れんびん》の目を向けているような感じがして、私は一層|萎縮《いしゅく》した。
 ヤナツの妻君にも紹介された。やはり灰色の丸い顔をしていて、髪を背中へ長く垂らし、なかなか耳目《じもく》もととのっていた。そして私に御馳走をするのだといって、名香《めいこう》のようなものを焚《た》いてくれた。それは私が生れて始めて嗅いだ媚香《びこう》だった。私はうっとりとなって、そこに横になった。
 ふと睡《まどろ》んでから目をあけてみると、私の前に若い夫婦がひそひそと語っていた。顔を見るとヤナツ夫妻だったが、その身体は蛙の子のように小さくはない、普通の人間と変りない大きさだった。二人は私の目のさめたのには気がつかず、又香を焚いた。
 二度目に目覚めてみると、たいへん息苦しかった。気がつくと、傍《そば》に大女が寝ている。浅草の仁王さまの三倍もあるような大女であった。顔をみると、これがヤナツの妻君であるから、私は思わずおどろきの声をあげた。
 すると大女の身体がすうーッと縮《ちぢ》みはじめた。どんどん縮んで、最後には顔が野球のボール位にまでなった。それ以上は小さくならなかった。女は、ほっほっとおかしそうに笑いころげた。私は恐ろしくなって、その場をどんどん逃げだした。そして後も見ずに、キャンプにも寄らず、麓まで逃げのびた。
 後年私はもう一度ヤナツの妻君の顔を見た。場所は上野科学博物館の陳列函《ちんれつばこ》の中であった。妻君は、私が最
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