ったきりで、一ヶ月に一度も、地上へ出て空を仰《あお》ぐ機会が与えられていないと、なんだか天気のことなど、莫迦《ばか》くさくて、聞く気になれない。
 食事をすませて、第三区行きの地下軌道にのり、会社に出勤した。今朝は、いきなり委員会議だ。
 今日の議題は、地下都市の拡張工事について、掘り出した土を、どこの地上に押しだすかということである。うっかりどこにでも出そうものなら、たちまち敵国の空中スパイに発見されて、こっちの新しい地下都市の所在《しょざい》を突《つ》き留《と》められてしまう。
 午後三時であったが、会議中、空襲警報が、睡むそうに鳴り響いた。
「またアメリカ空軍が爆撃にやってきたか。御苦労なことじゃ」
 この頃の爆撃はラジオのアナウンスだけで、お仕舞《しま》いだから、頼《たよ》りない。地下都市の構築法《こうちくほう》が完全になって、爆弾が落ちても、地響一つ聞えて来ないし、もちろん爆裂音なんか、全く耳にしようと思っても入らない。なにしろ地下都市も、今は百メートルの深さにあるのだから、安心したものである。
 そんなことを思っていたとき、だしぬけにものすごい音響が聞え、同時に、壁がぴりぴりと震《ふる》え、天井に長々と罅《ひび》が入った。
「うわーっ、めずらしいじゃないか、爆裂音だ。どうしてこんな地下まで、紛《まぎ》れこんできたのかね」
 議長さえ、まだそれほどの険悪《けんあく》な事態の中にあるとは考えないで、爆裂音を身近くに聞いたことを興《きょう》がっている。
 だが、時間がたつに従って、一座は、今日の爆撃がたまたま地隙《ちげき》を縫って、深い地下に達したというような紛《まぐ》れあたりのものでないことに気がついたのだった。爆裂音は、次第に大きさを増し、そしてピッチを詰めてきた。
 議長が、議案をそっちのけにして、びりびり震動する周囲の壁を見廻した。
「どうも今日の爆撃は変だね。いやに地底ふかく浸透《しんとう》するじゃないか。おい君、対空本部へ電話をかけて事情を聞いてみよ」
 議長は私に命令した。
 私は早速《さっそく》、対空本部|附《つき》の漢師長《かんしちょう》を呼びだした。そして、いつもに似合わしからぬ爆弾の深度爆裂《しんどばくれつ》についてたずねたのである。
 すると漢師長は、あたりを憚《はばか》るような口調《くちょう》になって、私に云ったことに、
「それは、いつもと違っている筈だ。今日アメリカ軍が使っている爆弾は液体爆弾なんだ」
「液体爆弾? そんなものは初めて聞いたが、それは一体どんなものかね」
「つまり、アメリカが深い地下街爆撃用にと新《あら》たに作った爆弾で、A種弾とB種弾と二つに分れているんだ。まず初めにA種弾をどんどん墜《お》とすのさ。すると爆弾は土中《どちゅう》で爆発すると、中からA液が出て来て、それが地隙や土壌《どじょう》の隙間《すきま》や通路などを通って、どんどん地中深く浸透してくるのさ。ちょうど砂地《すなじ》に大雨が降ると、たちまち水が地中深く滲《し》みこんでいくようなものさ」
「なるほど。そして、そのA液は滲み込むと、爆発するのかね」
「いいや、A液だけでは、爆発はしないのだ。暫《しばら》く時間を置いて、丁度《ちょうど》A液がうまく浸みこんだ頃合《ころあい》を見はからって、こんどはB液の入ったB種弾が投下されるのだ。このB液も、さっきのA液と同様に、地下深く浸みこんでいくが、どこかで先に滲みこんでいるA液と出会うと、そこでたちまち、猛烈な化学反応が起って大爆裂をするというわけだ。おそろしい発明だよ、液体爆弾というやつは」
「ふーん、考えたもんだね。すると、われわれも今までのように、地下百メートルのところにあるからといって安心していられないわけだな」
「そうだよ。おお、君の今いる地区へも、既にA液弾が落ちて、今ずんずん地底へ向けて滲みこんでいるという報告が来ている。この上、B液弾が落ちれば、たいへんなことになるよ。大いに注意しなければいけない」
「大いに注意しろといって、どうするのかね」
「それはね、水はけ――ではない液《えき》はけをよくすることだ。上から滲みこんで来た液は、樋《とい》とか下水管《げすいかん》のようなものに受けて、どんどん流してしまうことだ。しかしA液とB液とを一緒に流しては、さっき云ったとおりに爆発が起るから、その前に、濾過器《ろかき》を据《す》えつけて、A液とB液とを濾《こ》し分け、別々の排流管《はいりゅうかん》に流しこまなければいけない」
「それはずいぶん面倒なことだね。急場《きゅうば》の間に合わないや」
「でも、それをやって置かないと、君たちの生命《いのち》に係《かかわ》る」
「生命に係るのは分っているが、もうA液は天井のあたりまで滲みこんでいるのに、樋工事を始めたり、濾過器を取寄せたりするわけにいかんじゃないか」
「それもそうだな。じゃあ、仕方がない。ここから君たちの冥福《めいふく》を祈っているよ。南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》!」
「おい、そんな薄情《はくじょう》なことをいうな。おーい、何とか助けてくれ。あ、電話を切っちゃいかん。……」
 といっているとき、大音響《だいおんきょう》と大閃光《だいせんこう》とに着飾って好《この》ましからぬ客がわれわれの頭の上からとび込んできたのであった。それ以来、私は人事不省《じんじふせい》となり、全身ところきらわず火傷《やけど》を負ったまま、翌朝《よくちょう》まで昏々《こんこん》と死生《しせい》の間を彷徨《ほうこう》していたのである。


     4


 それからまた十年たった。
 今日は八月八日である。金博士へ対して、約束のとおり、第四回目の日記を送ることになった。次に示すのは、その日記のうつしである。
[#ここから2字下げ、折り返して3字下げ]
三十×年八月八日 室内温度、湿度、照明度すべて異状なし 配給も正確なり
[#ここで字下げ終わり]
 本日は、地下千メートルを征服し、現在われわれの棲《す》んでいるこの極楽《ごくらく》地下街建設の満三ヶ年の記念日であるので、ラジオは朝から、じゃんじゃんと楽しい音楽を送ってくる。
 あれからもう三年たったか。
 われわれ人類も、空爆の威力《いりょく》に圧《お》されて、だんだんと地底深く追いやられたが、初めはせいぜい地下二百五十メートルが人類の生活し得る限度で、それ以上になると、とても暑くて、生活は出来ないし、構築物《こうちくぶつ》ももたないといわれたものであるが、そうかといって、地下四五百メートルにまで達する深度爆弾《しんどばくだん》の餌食《えじき》になるのを待っていられないため、必死の耐熱建築の研究に国立研究所を動員し、遂《つい》に不可能と思われたる難問題を解決し、三年前にこの輝《かがや》かしき極楽地下街の完成を見たわけである。
 私は、食事を済ますと、すぐさま圧搾空気軌道《あっさくくうききどう》の管《くだ》の中に入り、三分四十五秒ののちには、記念祝賀会場たるネオ極楽広場の人混《ひとご》みの中に立っていた。
 梁首席《りょうしゅせき》の巨躯《きょく》が、壇上《だんじょう》に現れた。
 われわれは一せいに手をあげた。
「本日の記念日に際し、余《よ》は何よりも先《ま》ず第一に、敵国の空軍は本年に入って、殆んど新しい飛行機の補充をなさなくなったことを諸君の前に報告するの光栄を有《ゆう》するものである。いや、新機を補充しなくなったばかりか、これまで敵国が保有していた軍用機も、最近一年は、壊《こわ》れ放題にしてある始末《しまつ》である。これ乃《すなわ》ち、わが国が、完全なる防空力を有する地殻《ちかく》及び防空硬天井《ぼうくうこうてんじょう》の下に、かくの如く地下千メートルの地層に堅固《けんご》なる地下街を建設したことによって、敵国は空中よりの爆弾が一向《いっこう》効目《ききめ》がなくなったことを確認し、そして遂に、その軍用機整備の縮小を決行するに至った次第《しだい》であります。つまり、われわれが完全に地下に潜《もぐ》ることによって敵の空軍を全然無力化させることに成功したわけであって、これにより、われわれの国家は、いよいよ安全にして健康なる発展を遂《と》げることが約束されたわけである。先ず盃《さかずき》をあげて、今日の大勝利を祝って、乾盃したいと思います。皆さん、盃を……」
 私は、久振《ひさしぶ》りに、飲み慣れない酒に酔ってしまって、それから以後のことを、よく覚《おぼ》えていない。


     5


 それからまた十年たった。
 第五回目の日記である。
[#ここから2字下げ]
四十×年八月八日
[#ここで字下げ終わり]
 目が覚めると、今日は何をして退屈を凌《しの》ごうかなと、それがまず気にかかる。
 極楽生活は、飲食にも困らないし、着るものも充分だし、外敵《がいてき》の侵入の心配もなし、すべて充分だらけであるが、只一つ困ったことには、来る日来る日の退屈をどうして凌ぐか、これに悩まされる。
 ところが今朝は如何なる吉日《きちじつ》か、私は不図《ふと》四十年前に、金博士から聞いた疑問の民族の名を思い出したのであった。
 ピポスコラ族!
 ピポスコラ族とは、どんな民族なのであろうか。あのときは空襲下に戦《おのの》いていたときであったから、それがどんな族だか調べてみる余裕がなかった。よろしい、今日はあれを一つ古代図書館へいって調べてみよう。私は、俄《にわ》かに元気づいた。
 古代図書館に於て、完全に深夜まで暮した。しかしピポスコラ族が何ものであるかは、遂に手懸《てがか》りがなかった。私は更にそのまま、次の日暦《にちれき》の領域に入っても、調べを続けることにした。しかしそれは最早《もはや》八月八日分の日記ではなくなるから、ここで擱筆《かくひつ》する。


     6


 それからまた十年たった。五十×年八月八日となった。この日の日記は、従来の慣例を破って、遂に金博士の許《もと》へ届けられなかった。そのわけは、政府が突然、全国的に、通信杜絶《つうしんとぜつ》を号令したからである。
 その理由は?
 その理由は、そのときには何のことだか、全く分らなかったが、それから一年半ほどたって、漸《ようや》くぼんやりしたその輪郭《りんかく》だけがわかった。それは白人帝国《はくじんていこく》が、ひそかに抱合兵団《サンドイッチへいだん》をもって、わが国攻略を狙っているという情報が入ったため非常警戒となり、遂に通信|厳禁《げんきん》となった由《よし》である。
 しからば、その抱合《サンドイッチ》兵団とは、どんなものであるか。それが分っていれば、政府もそれほど狼狽《ろうばい》する必要はなかったのである。分らなかったから、騒ぎが大きくなったのであった。その抱合《サンドイッチ》兵団のことは、次の日記において、初めて全貌《ぜんぼう》が明瞭《めいりょう》となるであろう。


     7


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六十×年八月八日 最小限生活に追いこまれあり、食慾ことの外《ほか》興奮して、治《おさ》めるのに困難を感ず、非常時ゆえ、仕方なけれど……。
[#ここで字下げ終わり]
 前夜から、われわれは、リュックサックを肩に負い、必死で、縦井戸《たていど》を登攀《とうはん》しつつあるのであるが、老人である私には、腕の力も腰の力も弱くて、一向はかがいかない。一時間もかかって、やっと五メートル登るのがせきのやまである。
 しかも、気をゆるめていようものなら、下から上って来た乱暴な市民のため、われは邪魔扱《じゃまあつか》いにされて、まるで壁にへばりついているやもりを叩きおとすように、われ等の身体は奈落《ならく》へ投げおとされるのである。
 奈落へ墜落《ついらく》すれば、どっち道、死あるのみである。岩かどに頭をぶっつけるか、そうでなくて死にもせず、元の極楽地下街まで墜《お》ちついたとすれば、そこには白人帝国軍の地底戦車隊《ちていせんしゃたい》が待っていて、たちまち身はお煎餅《せんべい》の如く伸《の》されてしまう
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