ます」
「ううん。たった、これだけか。これだけでは……」
「ああ出します。もうこれで身代限《しんだいかぎ》りなんです」
と、私は更に三千元の法幣を掴みだして、かの役人の手に握らせた。
「よろしい。今度だけ大目に見る。この次は二万元以下じゃ、見のがされんぞ」
「へい」
私は急いで、役人の腕の下をくぐって、防空壕の中にとびこんだ。すると、ずんずんずんずずーんと、大きな地響が聞えてきた。もう爆撃が始まったのである。ぐずぐずしていると、防空壕の入口が閉ってしまうところであった。
それが爆撃の皮切りであった。それから、始まって、息をつぐ間もなく、爆裂音《ばくれつおん》が続いた。壕の天井や壁から、ばらばらと土が落ちて、戦《おのの》き犇《ひしめ》きあう避難民衆の頭の上に降った。あっちからもこっちからも、黄色い悲鳴があがる。
中には、案外くそ落着きに落着いている奴もあるもんだと思ったが、私と肩を摺《す》り合わせている青年がいった。
「あの、どどーんという爆裂音と、あのずしんずしんという地響と、この二つを無くすることが出来ないものかな。あれを聞くと、生命《いのち》が縮《ちぢ》まる」
「それは無理
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