が装置したのであるか、また入口の扉は誰が鍵をかけたのであるかについては、各紙は一行の報道もしていなかった。現場から行方不明となった松ヶ谷学士には、すくなからぬ嫌疑《けんぎ》がかけられていたが、その生死のほどについては知る人が無かったのである。

  5

 惨劇《さんげき》は、満都の恐怖をひきおこすと共に、当局に対する囂々《ごうごう》たる非難が捲き起った。「科学者を保護せよ、犯人を即刻逮捕せよ」と天下の与論《よろん》は嵐の如くにはげしかった。
 惨劇のあった翌日、秘密裡《ひみつり》に、日本化学会の幹部二十三名が、学士会館の一室で会合した。会場は言うに及ばず、会館内の隅々まで、電球や電熱器をはじめ、館内に在るありとあらゆるものが厳重な検査をせられたのち、内外に私服警官隊の網をつくり、それこそ一匹の蟻のぬけ出る道もない迄に、警戒せられたのであった。その会合は、午後七時となって、やっと開催せられた。勿論《もちろん》この会合には、昨夜の惨劇から幸運にものがれた鬼村博士が座長席にすわって、「毒|瓦斯《ガス》犯人についての意見」を交換し合い、これに対抗する具体的手段を考案せられんことを希望した。一座は、それこそ、我国に於ける化学界の至宝《しほう》と認められる学者たちばかりであった。この会合で、充分効果のある具体的方法を考え出さない限り、当分はいかなるこの種の会合も危険で出来ないのであった。一座はそれについて重大なる責任を思いながらも、昨日の惨劇におびえ切って兎角《とかく》、議案にまとまりがつかない様子であった。一座の中には、鬼村博士の命拾いまでを神経に病んで若しこの席から博士が立つようであれば、直《す》ぐ様《さま》その後を追って室外に出なければ危険であると考え、博士の行動にばかり気をとられている人もあった。
「椋島君は、見えないようですね」と訊《き》いた人がある。
「椋島君は、来ると言っていましたが、どうしたものかまだ見えません。いや、いずれその内やって来ますよ」
 と鬼村博士が答えた。
「椋島君は、鬼村さんの御令嬢が昨日家出されたので、それで忙しいらしいですよ」と隣りの化学者が囁《ささや》いた。
「だが、今日の問題は、国家の興廃《こうはい》に関する重大事項じゃありませんか」
「それに違いありませんが、この道ばかりは何とやら云いますからね」
 その噂にのぼった椋島技師は、鬼村博
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