。それからペルシャ猫ミミー嬢の力を借りて、木底から八匹の仔鼠を追いだした。
「今日の課税は八ルーブリだ」
ワイトマンは鉛筆をとりあげて机の上の用箋に8ルーブリと書きつけた。心憶《こころおぼ》えのために。
それが済むと、空の籠を卓子《テーブル》の上に逆さにして置いた。彼の手には一|挺《ちょう》の大きな鉞《まさかり》が握られた。彼はその鉞をふり上げると、力一ぱい籠の底板に打ち下ろした。
パックリと底板が明いた。なかは洞になっていた。そこにはもう一匹の仔鼠も残っていなかったけれども、その代りに銀色に輝いた立派な真珠の頸飾が現れた。
「とうとう見つけた。そーれ見ろッ?」
ワイトマンは大得意だった。
彼はもうすこしで老人レッドの身体を調べることを忘れることであったが、不図《ふと》それに気がついて、これまた昨日に劣らぬ厳重な取調べをした。しかしこの方からは一|顆《か》の養殖真珠も出てこなかった。
老人レッドは、命ぜられるままに、十万八ルーブリの税金を支払った。十万ルーブリは真珠の関税、残りの八ルーブリが鼠の超過関税だった。老人は二十八匹の鼠を歪んだ籠の中に入れて税関を出ていった。
後には得意の税関吏ワイトマンと、傷だらけになった丸卓子とが残った。
既に朝となった。
イヤ間違いである。一行あけてこの行に書くべきであった。
既に本当の朝である。作家梅野十伍の朝である。いつの間に夜が明けたのか、彼はちっとも気がつかなかった。窓外に編輯局からの給仕君の鉄鋲うった靴音が聞えてきそうである。ところが輸入鼠の話は、まだ終りまで書けていないのだ。
彼は、鼻の頭にかいた玉の汗をハンカチで拭いながら、原稿用紙の上にまたペンをぶっつけた。
その翌朝となった。(国境の朝である。そして同時に梅野十伍の朝でもある――ああ面白くもない!)
面白いのは、その早朝税関吏ワイトマンに対して本部から打たれた電文であった。
「昨夜ノ密輸真珠ハ、時価四十万るーぶりニ達ス。貴関ノ報告数ニ2倍ス。何ヲシテイルノダ。至急ヘンマツ」
税関吏ワイトマンは床の上にドシンと尻餅をついた。愕きのあまり腰がぬけたのであろう。そんな筈はない。すべてを調べたつもりだった。あの二倍も真珠が隠されていたとは、実に喰いついても飽き足りなき老耄密輸入者レッド!
一体その多数の真珠を、レッドは何処に隠して持っていたのだろう。
――こんな風にして、密輸入者レッド老人とワイトマン税関吏の追いかけごっこを書いてゆくと、何処まで行ってもキリがない。しかし予定の紙数は既に尽きた。もう筆を停めなければならない。
では、右の疑問符の答だけを書きつけて置こう。多数の真珠は鼠の胃袋のなかに押しこんであったのである。
さあこれで一応結末がついたようであるが、まだ最も大事なことが一つ説明してなかった。それは本篇の表題であるところの「軍用鼠《ぐんようそ》」のことである。
軍用鼠とは、軍用に鼠を使うことである。軍用犬にシェパードやエヤデルテリヤを使う話はよく知られている。軍用犬あって軍用鼠なからんや。
軍用犬に比して軍用鼠の利点は頗《すこぶ》る多い。第一安価である。また繁殖力が大きい。非常に敏捷である。その上、甚だ携帯に便である。兵士の両ポケットに四匹や五匹入れて行ける。これを訓練して、一旦有事のときに使うときは、その偉力は実に素晴らしいものである。ただ一つ、鼠の欠点は鼻の頭が弱いことである。ここんところを箒《ほうき》でぶんなぐると、チュウといって直ちに伸びてしまう。だから軍用鼠の鼻の頭には鉄冑《てつかぶと》を着せておかなければならない。
実は老人レッドから盛んに鼠を買いあげるラチェットなる人物は、この軍用鼠の研究家であった。彼の住む寒い白国には鼠というものが棲息していなかった。それでやむを得ず密輸の名手レッドを駆使して、紅国の鼠を輸入させたのだ。
真珠の密輸は、生れつきの密輸趣味者レッドが鼠をラチェットに売る片手間にこれに托して真珠密輸を企てたのであって、その所得は悉《ことごと》くレッドのものとなっていた。ラチェットはその真珠事件に無関係であった。
それなら紅国軍部は税関本部に通牒して鼠の輸入を黙許させればよかったと思うかもしれないけれど、そこがそれ軍機の秘密であった。鼠を輸入して軍用鼠の研究をしているということが国内官吏に知れても軍機上よろしくないのである。計略ハ密ナルヲ良シトスだの、敵ヲ図ラントスレバ先ズ味方ヲ図レなどという格言は紅国軍部といえどもよく心得ているのであった――というような結末まで、ゆっくり探偵小説に書いていると、いくら枚数があっても……。
丁度、編輯局の給仕さんが、颯爽《さっそう》たる姿を玄関に現わした。ではこれまで、ああとうとう書きあげたぞ。すがすがしい朝だッ
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