だろう。
――こんな風にして、密輸入者レッド老人とワイトマン税関吏の追いかけごっこを書いてゆくと、何処まで行ってもキリがない。しかし予定の紙数は既に尽きた。もう筆を停めなければならない。
では、右の疑問符の答だけを書きつけて置こう。多数の真珠は鼠の胃袋のなかに押しこんであったのである。
さあこれで一応結末がついたようであるが、まだ最も大事なことが一つ説明してなかった。それは本篇の表題であるところの「軍用鼠《ぐんようそ》」のことである。
軍用鼠とは、軍用に鼠を使うことである。軍用犬にシェパードやエヤデルテリヤを使う話はよく知られている。軍用犬あって軍用鼠なからんや。
軍用犬に比して軍用鼠の利点は頗《すこぶ》る多い。第一安価である。また繁殖力が大きい。非常に敏捷である。その上、甚だ携帯に便である。兵士の両ポケットに四匹や五匹入れて行ける。これを訓練して、一旦有事のときに使うときは、その偉力は実に素晴らしいものである。ただ一つ、鼠の欠点は鼻の頭が弱いことである。ここんところを箒《ほうき》でぶんなぐると、チュウといって直ちに伸びてしまう。だから軍用鼠の鼻の頭には鉄冑《てつかぶと》を着せておかなければならない。
実は老人レッドから盛んに鼠を買いあげるラチェットなる人物は、この軍用鼠の研究家であった。彼の住む寒い白国には鼠というものが棲息していなかった。それでやむを得ず密輸の名手レッドを駆使して、紅国の鼠を輸入させたのだ。
真珠の密輸は、生れつきの密輸趣味者レッドが鼠をラチェットに売る片手間にこれに托して真珠密輸を企てたのであって、その所得は悉《ことごと》くレッドのものとなっていた。ラチェットはその真珠事件に無関係であった。
それなら紅国軍部は税関本部に通牒して鼠の輸入を黙許させればよかったと思うかもしれないけれど、そこがそれ軍機の秘密であった。鼠を輸入して軍用鼠の研究をしているということが国内官吏に知れても軍機上よろしくないのである。計略ハ密ナルヲ良シトスだの、敵ヲ図ラントスレバ先ズ味方ヲ図レなどという格言は紅国軍部といえどもよく心得ているのであった――というような結末まで、ゆっくり探偵小説に書いていると、いくら枚数があっても……。
丁度、編輯局の給仕さんが、颯爽《さっそう》たる姿を玄関に現わした。ではこれまで、ああとうとう書きあげたぞ。すがすがしい朝だッ
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