いちょうそく》した。これで一と通りのフェアさをもって前篇の謎を解いた。しかし読者は、これだけの解決では、きっと満足しないだろうと思った。
実はまだ彼はこの作の本当のヤマ[#「ヤマ」に傍点]というべきところを一筆も書いていないのであった。読者が怒らないうちに、すぐ後を続けなければならぬと思い、蒼惶《そうこう》としてまたペンを取上げた。
税関吏ワイトマンが、本部からの通牒《つうちょう》を短波受信機で受取って、顔色蒼白となったのは、次の日の早朝のことだった。
「国境ヨリ 真珠ノ頸飾ノ密輸甚ダ盛ンナリ。此処数日間ニ密輸サレタル数量ハ時価ニシテ五十万るーぶりニ達ス。而《シカ》シテ之レ皆貴関ヨリ密輸セラレタルコト判明セリ。急遽《キュウキョ》手配アレ」
なお三十分ばかりして、第二報の無線電信通牒が入った。
「密輸真珠ヲ検査ノ結果、げるとねる氏菌ヲ発見セリ。仍リテ鼠ノ所在スル附近ヲ厳重監視シ、可及《カキュウ》的速カニ密輸方法ヲ取調ベ、本部宛報告スベシ」
ゲルトネル氏菌の登場、そして数十万ルーブリの真珠の頸飾の密輸。――犯人はレッド老人の外に心当りはない。
ワイトマンは肝臓が破裂するほどの激憤を感じた。あの図太い老耄《おいぼれ》奴《め》、鼠の輸入なんてどうも可笑しいと思っていたがなんのこと真珠の密輸をカムフラージュするためだったのか、よし今日こそ、のっぴきならぬ証拠を抑えて、監視失敗を取りかえさなければならない。彼はレッド老人が峠の向うから鼠の籠をぶら下げて姿を現わすのを、今か今かと窓の傍に待ちうけた。
その日の暮れ方、税関の門がもう閉まろうという前、待ちに待ったレッド老人の声がやっと門の方から聞えた。
「旦那、すみません。きょうはどうも遅くなりましたが、一つ鼠をお調べねがいますぜ」
ワイトマンは肩で大きな呼吸《いき》を一つして、机の上を食用蛙のような拳でドンと一つ叩くと、表の方に駈けだした。
レッド老人は、昨日と寸分変らぬ鼠の籠を持って立っていた。
ワイトマンは無言で老人を部屋のなかに入れた。そして入口の錠をガチャリとかけ、その鍵を暗号金庫のなかに収《しま》った彼は自分の手がブルブル武者慄いをしているのに気がついた。
それから執拗な検査が始まった。消毒衣にゴムの手袋、防毒マスクという物々しい扮装でもって、ワイトマンは立ち向った。まず例の皮袋のなかに鼠を追いこんだ
前へ
次へ
全21ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング