きません。殺されてもいいです。貴方の傍にいたいのです。僕はもう、なにもかも分りました。僕が脱走した夜、街の軒下でこの庵室を教えてくれた美しい島田髷の娘さんは、誰だったか分ったのです。それは庵主さん、貴方だったのです。……」
と女装の僕は庵主を抱えようとした。
「まあ、そんなに……」
 と、若い庵主は身を引いた。
「愛する貴方を置いて、どうして僕だけ逃げられましょう。でなかったら、これから僕と一緒に逃げて下さい。僕は生命のあるかぎり、貴方のために闘います」
「貴方は男らしくないのねえ。……」と庵主は急に冷やかな顔になって、壁ぎわへ身を引いた。「そんな人、あたし大嫌いよ」
「ああ、――」僕は呻《うめ》いた。
「では、やっぱり行きます。それがお約束でした。では貴方のお身の上に、神仏の加護があることを祈っています。僕は君島で、貴方の来るのをいつまでもいつまでも待っています。……」
 そういい置いて、僕は名残り惜しくも、庵室を後にすると、暗闇の外面に走り出たのだった。


   小田春代という女


 ここは君島の、或る機関に属する洋館の窓に倚って、沖の方を眺めているのは、秀蓮尼の助けによって、
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