は鬱蒼《うっそう》たる松林のあなたに沈み、そして夜がきた。街には賑かな祭りの最後の夜が来た。鐘楼の陰の秀蓮尼の庵室の中では、語るも妖しき猟奇の夜は来たのである。
若き庵主は、弥陀如来の前に油入りの燭台を置き、黄色い灯を献じた。そして夕餐が済むと、その前に端座して静かに経文を誦し始めたのであった。僕は側から、灯に照らされた秀蓮尼の浮き彫のような顔を穴のあくほどジッと見つめていた。見れば見るほど端麗な尼僧であった。まだ若い身空を、この灰色の庵室に老い朽ちるに委せるなどとは、なんとしても忍びないことのように思われた。彼女はどんな事情で発心《ほっしん》し、楽しかるべき浮世を捨てたのだろう。……
そんなことを考えているうちに、看経《かんきん》は終った。
「さあ、お待ち遠さまでした」と秀蓮尼は座を立って「では、いよいよ貴方を逃がす工夫に取り懸りましょう。だがくれぐれも申して置きますが、これからあたしがどんなことを貴方さまにいたしましょうともまたどんなことをお感じになっても、最初のお約束どおり、何もあたしの言葉に随い、この黄風島から対岸の懐しい内地、君島へ脱走して下さるでしょうね。それが誓ってい
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