ってあの黄風島へ渡り、計画に従って僕を病気として精神病院に入れ、折を見て殺害し、遺産を横領しようというつもりのところ、僕に脱走されてしまったのだった。その騒ぎの大きかったのも無理はない。――秀蓮尼は、こっちへかえるとき、ハルピン虎を正当防衛で射殺して来たそうだ。だから僕のために仇敵をうったも同然だ。
「どうして貴方は、虎なんかと渡りあったんです」
 と僕が尋ねると、彼女は言葉をついで云ったことである。
 それはもちろん、例の小函を探すためだった。僕が持っていた鍵によって、小函がハルピン虎の手にあることを知り邸内に忍びこんで、トランクを合鍵で開けて盗み出し、出ようとするところをハルピン虎に見つかったのだった。そして既に危くなったので、彼女は已《や》むなく彼を一発の下に射殺したのだった。しかし街はこのために俄かに厳重な警戒が敷かれ、だんだん調べの結果、犯人として秀蓮尼だということが分り、それがため追跡がいよいよ急になった。僧服を捨て、僕が残していった学生服に着かえ危地を脱走した。そして飛行機に乗って、今朝がた黄風島を抜けだし、先刻当港へついたということだった。
「でも、どうして森虎が犯人である確証が上ったんですか」
 と訊《き》くと、彼女は、
「それは、函の中に、彼が殺人に使った薄刃《うすば》の短剣が血にまみれた儘《まま》入っていたのですわ。そして血染の彼の指紋まで出ていましてよ。その上、あの日お父さんの部屋から失《う》せた小函を持っていただけでも怪しいことが分るでしょう」
 僕はその言葉を聞いて、あの虫の好かぬ森虎が、亡父の仇敵だったことをハッキリ知って、彼女に感謝した。しかしまだもう一つ腑に落ちぬことがあった。
「一体どうして貴方は、あの小函を探す必要があったんです。また父は、その小函の中にどんな大事なものを入れてあったのでしょう」
 彼女はそこですこし照れたらしく唇を噛みながら囁《ささや》くようにいった。
「……どうでもお聞きになりたいのね。じゃあ仕方がありませんわ。――あの小函をハルピン虎が開いてみますね、中にはなんにも大切なものが入っていなかったのよ。ただ彼はあの中に血染めの凶器をかくして小函を利用したわけなのね。ところが実はあの小函には、日本政府があるところからお預りしている非常に大切な書類が入っていたのよ。そういえばもうお察しがついたでしょうが、あの函は二
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