古ぼけた珍らしい形の鍵だった。そしてもう一つ奇妙なことに、その鍵の握り輪の内側が、丁度若い女の横顔をくりぬいたような形になっていた。そこがたいへん僕の気に入って、無断で貰ってきたのだったが、その鍵だけは監視人の眼も胡魔化《ごまか》しおおせて、いまだに僕の手にあり、僕はそれを唯一の玩具――いや宝物として退屈きわまる毎日をわずかに慰めていたのだった。
 その後、ついに会えないかと思った母親にも、また森おじさんにも、たった一度だけ会う機会があった。しかもそのときは二人揃って一緒に、この病室を訪れた。僕は天にも昇る悦《よろこ》びで、僕は気が変ではないから直ぐ出してくれるようにと熱心に頼んだのである。しかしどういうものか二人は僕の頼みにすぐには賛成してくれなかった。反《かえ》って二人して僕に詰問するような態度で、
「ねえ準一や。お前はおじさんの室から、何か盗みだして持ってやしないかい。そうなら早くお返しするんだよ。でないと妾《わたし》は困ってしまう……」
「北川君。そいつは何処に隠してあるんだか話してくれんか。教えてくれりゃ、なんとか早く癒《なお》って退院できるように骨を折ってみるが……」
 といった。この唐突の話には面喰ってしまった。始めは一体なんのことを云っているのか分らなかったが、そのうちに、
(ハハア。ひょっとすると、これは横顔女の鍵のことを云っているのかしら?)
 と気がついた。けれども僕はその鍵をどうしても渡す気になれなかった。鍵を渡した代償に、この病院を出すというが、それは嘘《うそ》ッ八《ぱち》だということがよく読めた。それでは大損だった。それにもう一つ鍵を渡したくない理由があった。それは――それはちょっと言うのも恥かしい話であるが、実は僕はいつとなくこの鍵の握り輪のところに刻まれている横顔の婦人に恋のようなものを感じていたからだった。この世で一番大事な恋人を誰が人手に渡すものか!
 そのことあって以来、僕は母親お鳥も森おじさんも一向頼りにならないことを知った。そしてこの上は何とかして、この恐ろしい精神病院を自力でもって逃げださねばならないと思った。
 それから僕は、この困難な脱走の手を、あれやこれやと考えぬいた。そしてとうとう、これならうまくゆくに違いないという方法を発見したのだった。この上は、いい機会がくるのを待つばかりとなった――
 さて今夜こそ、絶好のチ
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