れるような戸棚の中や梱《こうり》の底などをソッと明けてみるのが非常に楽しみだったのである。その日も留守を幸い、こっそり僕等の部屋を抜けだし、森おじさんの書斎へ忍びこんで、散々に秘密の楽しみを味わった後、そこにあった安楽椅子に豪然と凭《もた》れて、おじさん愛用の葉巻をプカプカやっていた。すると誰もいないと思っていた扉が急に開いて、その向うから突然四五人の詰襟服《つめえりふく》の男が現われ、僕の顔を見ると、
「ああ、此奴《こいつ》だ。こいつを連れてゆくのだ。それッ……」
 と叫んだ。その声の下に、ドッと飛びこんできた詰襟服の一団は、有無をいわさず手どり足どり、僕を担《かつ》ぎあげて、表に待たせてあった檻《おり》のような自動車の中に入れてしまった。僕はあまり思いがけない仕打ちに愕《おどろ》いて、大声で喚《わめ》きたてたが、母親は不在だったし、それから生憎《あいにく》と森おじさんも留守だったので、誰も僕の味方になってくれる者もなく、結局僕を知らない連中は、あれが変なのかといわぬばかりに好奇の眼を輝かせて見送るばかりで、誰一人僕を助けてくれるものはなかった。そうして僕は、やすやすとこの精神病院に入れられてしまったのだった。
「僕は気が変じゃないぞ。早く母親を呼べ。――僕を変だと診断するのか。そんな院長こそ変だ!」
 僕は腹立ちまぎれに、そんな[#「そんな」は底本では「そんに」]風に怒鳴りちらした。だが、その結果は反《かえ》ってよくなかった。僕はますます気が変のように見られ、しまいには自分自身でも、或いは僕は変になっているのじゃないかと錯覚《さっかく》を起こしたくらいだった。
 はじめは腹が立って腹が立って、ろくろく飯も咽喉を通らなかったが、そのうち、いつとはなしに諦《あきら》めの心ができて、乱暴することを控《ひか》えるようになった。しかし監禁室の生活はとても退屈だった。思ってもみるがいい。三度の飯をたべる以外に何の仕事がある訳ではなく、本も新聞もないのだ。窓から外を見ようとすれば、塀《へい》が意地わるくふさいでいた。
 この退屈な監禁室の生活に、ただ一つ僕を慰めてくれたものがあった。それはひそかに身に隠して置いた一個の鍵だった。それは実は森おじさんの戸棚にもぐりこんだとき、隅に落ちていたのを失敬したものであるが、極く昔、和蘭《オランダ》あたりで作られたものでないかと思うほど、
前へ 次へ
全23ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング