したか。隊長の坊ちゃんでしたか。まあよく月の世界まで尋《たず》ねて来られましたネ」
「早く父に会わせて下さい。どこにいるのですか」
「ああ、お父さまですか。……」といって天津飛行士はちょっと顔を曇《くも》らせたが「……実はお父さまはこの地底《ちてい》で病気をしていらっしゃいます。しかしあなたをごらんになれば、どんなに元気におなりか分りませんよ。さあ参りましょう」
 天津は先に立って、黄金階段を下りはじめた。「地底《ちてい》」へ下りてゆく間に、一行は始めて月の世界の生物の話を聞くことができて、奇異《きい》の想《おも》いにうたれた。
 それによると、月の世界の表面には、何も住んでいない。それは第一空気もなく水もないし太陽が直射すると摂氏《せっし》の百二十度にも上《のぼ》るのに、夜となれば反対に零下百二十度にも下《くだ》ってしまうという温度の激変《げきへん》があって、とても生物が住めない状態にあった。しかし月世界に生物が全く居ないわけではない。この世界にもやっぱり数億人の生物が住んでいるのだった。彼等は皆、月の地中深く穴居《けっきょ》生活をしているのだった。地中はまだ暖く、早春《そうしゅん》ぐらいの気候だそうで、そこには空気もあり、また水もあるのだという。その月の生物も人間と別に大した変りはないが、まだ智恵はあまり発達していないという。とにかく意外なる月の地中《ちちゅう》社会のお蔭で、一行は寒さに倒れることもなくて助かった。
 ただ気の毒なのは、進の父六角博士の容態《ようだい》だった。博士は老衰病《ろうすいびょう》のため、ひどく弱っていて、動かすことも出来ない有様だった。
 その夜一行は、物珍らしい月の人間に囲まれていろいろな話をしたり聞いたり、また奇妙な食物を御馳走になったりして過ごした。一行は寂《さび》しさから紛《まぎ》れて、こうして三晩を過ごしたのだった。
 それは四日目の朝に相当する時刻だった。もっとも月の世界では、十四日間も昼間ばかりぶっつづき、あとの十四日は夜ばかりつづくという変な世界だったので、事実はいつも明るかったのだった。とにかくその朝、天津《あまつ》飛行士の作った黄金階段に見張りに出ていたクヌヤという月の住人が急いで天津のところへ駈けつけてきた。
「なんだか真白な、大きなものが砂地に突立《つきた》っていますよ」
 真白な大きなもの――というので、天津は蜂谷たちに知らせると、急いで階段をのぼった。上《あが》ってみると、なるほど砂中《さちゅう》からニュウと出ている銀色の板――。
「おお、これは宇宙艇じゃないか」
 それでは、猿田の操縦していった新宇宙艇が、墜落《ついらく》してきたのであろうか。一行は非常な興味をもって、これを砂中《さちゅう》から掘りだしてみた。
「ウンこれは違う。新宇宙艇ではない」
 と蜂谷学士は首を左右にふった。
「オヤオヤ」突然|横合《よこあい》から叫んだのは天津飛行士だった。「これは愕《おどろ》いた。奇蹟中の奇蹟! 六角隊長と私とをこの土地に残して、空に飛びだした第一の宇宙艇だ」


   恐ろしき違算《いさん》


「あらマア、不思議なことネ」
「全く貴女がたの場合と同じような事件だったので。そのときも一行中に犬吠《いぬぼえ》という慾の深い男がいて、月の世界の黄金塊《おうごんかい》をギッシリ積むと、隊長と私とを残して置いて、単身《たんしん》飛びだしたんです。私は犬吠が地球にかえったとばかり思っていたのに、これは実に不思議だ。どれ内部を調べてみれば何か分るだろう」
 蜂谷にミドリ、それに進も手をかして扉《ドア》をこじ明けると、内部を調べてみた。すると果《はた》せるかな、その中には慾深い犬吠が、黄金塊《おうごんかい》を抱《いだ》いて餓死《がし》しているのを発見した。
 ところで喜んだのは一行だった。思いがけなく、旧《ふる》い型《かた》ではあるが宇宙艇が手に入ったので、地球へ帰る一縷《いちる》の望みができてきた。調べてみると、何という幸《さいわ》いだろう。燃料はかなり十分に貯《たくわ》えられていた。
「おお、神様、お蔭さまで地球へ帰れます」
 一行はこの吉報《きっぽう》をきくと、躍りあがって喜んだ。だが何《ど》うしてこの宇宙艇が、月の世界に落ちて来たものだか、まだこのときは一向《いっこう》に解せない謎だった。
 宇宙艇の修理は、僅かの日数で、一とおり出来上った。そこでこれに乗組む人の顔ぶれが問題になった。いろいろ議論はあったが、ついに、少し無理ではあったが、重病の六角博士を除いて、他の五人――つまり新宇宙艇の乗組員の中で、逃亡《とうぼう》した猿田飛行士の代りにミドリの兄の天津飛行士を加えただけで、あとはそのままの顔ぶれでもって、いよいよ地球へ向け帰還《きかん》の途《と》につくことになった。そして博士
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