死んでしまった。ミドリの悲しみは、察するだに哀《あわ》れなことだった。
「……仕方がない。これも神さまのお心かもしれないよ」と艇長はやさしく彼女の肩に手をおいて云った。「残念だが、このたびは中止をしよう」
そのときだった。向うの街道《かいどう》から、ヘッドライトがパッとギラギラする両眼をこっちに向けて、近づいてくる様子。
「ああ、誰かこっちへ来る……」
と、進少年は叫んだ。
近づいて来たのを見ると、それは競争用の背の低い自動車だった。やがて自動車は、小屋の前に止り、中から出てきたのは、色の浅ぐろい飛行士のような男だった。
「ああ、猿田さんだッ……」
猿田とよばれた男はツカツカと一同の前に出てきて、
「ああ皆さん。御出発に際して、お見送りの言葉を云いに来ましたよ」
ミドリはそのとき、スックと立ち上った。
「ああ猿田さん。いいところへ来て下すったわ。……貴方《あなた》この宇宙艇を操縦して月世界《つきのせかい》へ行って下さらない」
「ああミドリさん、ちょっと……」
と艇長の蜂谷学士がとどめた。しかしミドリはその言葉を遮《さえぎ》ってまた叫んだ。
「ね、猿田さん。行って下さるでしょうネ。貴方が操縦して下さらないと、あたしたちは十年目に一度くる絶好のチャンスを逃がしてしまうんですもの。ぜひ行って下さいナ。……貴方は前からこの宇宙艇を操縦したいといってらしたわネ」
「ええ、お嬢さん。僕は決心しましたよ。僕がこの艇を操縦してあげましょう」
「まあ待ちたまえ」
と蜂谷学士が云いかけるのを、ミドリは
「……まア蜂谷さん。まさか貴方はこれから十年して、あたしがお婆さんになるのを待って、月の世界にゆけとおっしゃるのではないでしょうネ」
「……」
蜂谷学士は、なぜか猿田飛行士が探険に加わることを好まぬ様子だったが、ミドリは滅多《めった》に来ないチャンスを惜しむあまり、とうとう羽沢飛行士の代りに猿田飛行士を頼むことにきめてしまった。
艇の出発はいよいよ間近《まぢ》かになった。のこっているのは、飲料水の入った樽《たる》がもうあと十個ばかりだった。一同は力をあわせて、この最後の荷物を搬《はこ》びこんだ。
「さあこれで万端《ばんたん》ととのった。……進君、もう一度宇宙艇のなかを探してくれたまえ。万一密航者などがコッソリ隠れていると困るからネ……」
厳重《げんじゅう》な艇内捜索が
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