く》デアル。『危難《きなん》ノ海』附近ニハ貴艇ノ云ウガ如キ何等ノ異変ヲ発見セズ。貴艇ノ観測ハ誤《あやま》リナルコト明《あきら》カナリ。ワガ忠告ヲ聞クコトナク出発スレバ、貴艇ノ行動ハ自殺ニ等シカラン」「自殺ニ等シカラン――か。そういわれると、こちらの望遠鏡がいいのだと分っていても、やっぱりいい気持はしないナ」
 と、蜂谷学士は呟《つぶや》いた。
 この新宇宙艇が、非常な決心のもとに、新《あら》たに月世界探険に飛びだしてゆくのは、一つには今から十年前の昭和十一年の夏、進少年の父親である六角博士《ろっかくはかせ》ほか二名が月世界めざしてロケット艇をとばせたまま行方不明となった跡を探し、ぜひ月世界探険に成功したいというためでもあったけれど、もう一つには、このたびの探険隊の持つ電子望遠鏡が、最近はからずも月世界の赤道《せきどう》のすこし北にある「危難の海」に奇怪《きかい》な異物《いぶつ》を発見したためであった。その異物はたいへん小さい白い点であって、正体はまだ何物とも分らなかったけれど、とにかく今から五十四日前に突然現われた物であって、それは以前には決して見当らなかったものであった。そもそも月世界《つきのせかい》は空気もない死の世界で、そこには何者も棲《す》んでいないものと信ぜられていた。だから「危難の海」に現われたこの小さい白点《はくてん》は、月世界の無人境説《むじんきょうせつ》の上に、一抹《いちまつ》の疑念《ぎねん》を生んだ。
 念のために、二百|吋《インチ》という世界一の大きな口径の望遠鏡をもつウイルソン山天文台に知らせて調べてもらった。しかしその天文台では、「何《な》にも見えない」という返事をして来たのだった。そしてわが新宇宙艇が月世界探険にのぼる決心だと知るとたいへん愕《おどろ》いて、その暴挙《ぼうきょ》をぜひ慎《つつ》しむようにといくども勧告をしてきたのだった。それにもかかわらず、蜂谷艇長はじめ四人の乗組員の決心は固く、この探険を断念《だんねん》はしなかったのである。だがもしここに乗組員の一人である理学士|天津《あまつ》ミドリ嬢が苦心の結果作りあげた世界に珍らしい電子望遠鏡という名の新型望遠鏡がなかったとしたら、そのときは或いはこの探険を思いとどまったかも知れないけれど……。ミドリ嬢の計算によると、彼女の新望遠鏡は、ウイルソン山天文台のものよりも二十倍も大きく見え
前へ 次へ
全18ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング