く、さっと吹きこんだ。
それと同時に、俄《にわか》に騒々《そうぞう》しい躁音《そうおん》が、耳を打った。躁音は、だんだん大きくなった。それは、まるで滝壺の真下へ出たような気がしたくらいだった。
彼女は、おどろいて、音のする方を、振り返った。するといつの間にか、後に、出入口らしいものが開いていた。その口を通して、奥には、ぼんやりと明りが見えた。
(あ、なるほど、やっぱり第一号室へ通されるのだ!)
三千子は、脳裡《のうり》に、絹地《きぬじ》に画かれたこの鬼仏洞の部屋割の地図を思いうかべた。彼女は、今は躊躇《ちゅうちょ》するところなく、第一号室へとびこんだのであった。
その部屋の飾りつけは、夜明けだか夕暮だか分らないけれど、峨々《がが》たる巌《いわお》を背にして、頭の丸い地蔵菩薩《じぞうぼさつ》らしい像が五六体、同じように合掌《がっしょう》をして、立ち並んでいた。
轟々《ごうごう》たる躁音は、どうやら、この巌の下が深い淵《ふち》であって、そこへ荒浪《あらなみ》が、どーんどーんと打ちよせている音を模したものらしいことが呑みこめた。
第一号室は、たったそれだけであった。
何のことだと、つづいて第二号室に足を踏み入れた三千子は、思いがけなく眩《まぶ》しい光の下に放りだされて、目がくらくらとした。
瞳をよく定めて、その部屋を見廻すと、なるほど、これは鬼仏洞へ来たんだなという気が始めてした。横へ長い三十畳ばかりのこの部屋には、中央に貴人《きじん》の寝台《しんだい》があり、蒼《あお》い顔をした貴人が今や息を引取ろうとしていると、その周囲にきらびやかな僧衣に身を固めた青鬼赤鬼およそ十四五匹が、臨終《りんじゅう》の貴人に対して合掌《がっしょう》しているという群像だった。像はすべて、等身大の彫刻で、目もさめるような絵具がふんだんに使ってあって、まるで生きているように見えた。
赤鬼青鬼の合掌は、一体何を意味するのであろうか。三千子は、気をのまれた恰好で、唖然《あぜん》としてその前に立っていた。
するとそのとき、どやどやと足音がして、一団の人が入ってきた。見ると、それは、逞《たくま》しい身体つきの、中年の中国人が六七名、いずれも袖の長い服に身を包んでいた。彼等は、三千子よりも遅れて、この鬼仏洞を参観に入ってきたものらしい。
「さあ、いよいよこれが鬼導堂《きどうどう》です。赤
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